後悔
蓮は再び管理人の前に戻ってきた。
そして、話を深く聞いてみた。
管理人は、少し言いづらそうに視線を泳がせた。
「……さっきの話ですよね」
蓮の背筋が、ぴんと張る。
「よく一緒にいる方、ですよね。
マンションの少し離れたところで」
「……一人で?」
問いは短い。
管理人は、首を横に振った。
「いえ。
男性と一緒でした」
胸の奥が、沈む。
「知り合いみたいでしたけど……
ちょっと、強引でしたね」
——強引。
その一言で、
頭の中の可能性が、一気に削ぎ落とされる。
「腕を掴まれてました。
でも、大声を出す感じじゃなくて」
蓮は、何も言えなくなった。
叫ばなかった理由が、いくつも浮かぶ。
怖かった。
驚いた。
周囲に迷惑をかけたくなかった。
——そして何より。
“自分で何とかしようとした”。
「車、覚えてますか」
管理人は首を振る。
「すみません……
あっという間で」
それでいい、と蓮は思った。
もう、十分だ。
「ありがとうございました」
深く頭を下げ、踵を返す。
エントランスを出た瞬間、
夜の空気が肺に刺さった。
——もう、ここにはいない。
それだけが、はっきりしている。
蓮は、スマホを取り出す。
画面に表示される、未読のままの名前。
光莉。
親指が、一瞬だけ止まる。
出ないと、分かっている。
それでも、押した。
呼び出し音。
無音。
「……光莉」
名前を呼んだ声は、
自分でも驚くほど、低かった。
蓮は通話を切り、別の番号を選ぶ。
「俺だ」
一言で、通じる相手。
「今すぐ動いてほしい。
女性が一人、連れ去られてる」
迷いはない。
「元彼の可能性が高い。
感情じゃない。 執着だ」
少しの沈黙。
「場所は、まだ分からない」
——でも。
蓮は、目を閉じる。
光莉の性格。
圭介の歪み。
“連れ去ったあと、どうするか”。
答えは、一つしか浮かばなかった。
「……隠れる気はないはずだ」
電話を切り、夜道を歩き出す。
守るって言った。
一人にさせないって、決めた。
それなのに。
「……待ってろ」
誰にも聞こえない声で、そう言った。
——これは、
探す時間との勝負じゃない。
壊される前に、辿り着けるか。
それだけだ。




