光莉の理由のない不安
夕方、
キッチンで湯を沸かしているときだった。
——ふと。
背中が、ぞわっとした。
誰かに呼ばれたわけでもない。
物音がしたわけでもない。
ただ、
「見られている気がする」。
(……気のせい)
そう思って、
光莉は首を振った。
最近、少し神経質だ。
圭介に会ってから、
心がざわつきやすくなっているだけ。
カップにお茶を注ぎ、
ソファに座る。
窓の外。
いつもと同じ景色。
マンション。
道路。
人影は、ない。
それでも。
(……さっき、ここ見た?)
分からない。
何を、誰を、疑っているのか。
鍵を確認する。
ちゃんとかかっている。
カーテンを少しだけ閉めて、
息を吐いた。
——落ち着こう。
蓮は、まだ仕事中だ。
キーボードの音が、
リビングの奥から規則正しく聞こえてくる。
その音だけで、
胸が少し落ち着く。
(……大丈夫)
でも。
ベッドに入ってからも、
なかなか眠れなかった。
目を閉じると、
昼間の“感覚”が戻ってくる。
理由のない不安。
名前のない違和感。
圭介の声が、
頭をよぎる。
『後悔するぞ』
——しない。
そう思いたい。
けれど、
心のどこかで、
小さく警戒している自分がいる。
(……私、何か見落としてる?)
答えは出ない。
光莉は、
シーツを握りしめた。
——この不安が、
ただの勘違いであることを、
祈るしかなかった。




