自分のものだったはずの女
圭介は、
同じ道を三度目に通っていることに、
しばらく気づかなかった。
住宅街。
コンビニも、店もない。
ただ、マンションが並んでいるだけの通り。
——いそうだ。
根拠はない。
けれど、この辺りだと、
もう分かっていた。
正確には、
知らされていた。
数日前。
圭介は、金で情報を買った。
名前と、元交際相手という関係性。
それだけを提示して、
「所在確認」を依頼した。
理由は聞かれた。
「心配しているのか」と。
圭介は、
一瞬だけ考えて、こう答えた。
——いいえ。
心配なんかじゃない。
泣きながら、
復縁を迫ってくると思っていた。
困って、
戻ってくると思っていた。
それなのに、
光莉は次に進もうとしている。
それが、
許せなかった。
(……静かすぎる)
実際に来てみて、
圭介は眉をひそめる。
光莉は、
こういう場所を選ばない。
一人なら、なおさらだ。
圭介は歩調を落とし、
マンションのエントランスを一つずつ眺める。
オートロック。
監視カメラ。
管理会社の名前。
——金がある。
少なくとも、
光莉が一人で住めるレベルじゃない。
(……やっぱりな)
胸の奥が、
じわっと熱を帯びる。
逃げただけ。
そう思っていた。
でも、これは違う。
——誰かに、囲われている。
圭介は、
通り過ぎるふりをして、
マンションの掲示板を横目で確認した。
ゴミ出しの曜日。
管理人の巡回時間。
宅配ボックスの注意書き。
無意識に、
頭が覚えていく。
自分でも、
何をしているのか、
説明はできなかった。
ただ。
(……ここなら)
そう思っただけだった。
夜になり、
もう一度、その前を通る。
——調査資料にあった、建物。
答え合わせをするために。
灯りのついた部屋。
消えた部屋。
カーテンの隙間。
何階かは、分からない。
でも、
この建物のどこかに、
光莉がいる。
そう思うと、
胸が妙に落ち着いた。
圭介は、
道路の向かい側で立ち止まる。
タバコに火をつけるが、
一口も吸わずに、消した。
(……別に、会う気はない)
言い訳を、
頭の中で用意する。
偶然。
通り道。
確認しただけ。
それで十分だ。
しばらくすると、
エントランスのドアが開いた。
出てきたのは、
知らない男。
背が高い。
無駄な動きがない。
周囲を一度だけ確認してから、
歩き出す。
——警戒している。
圭介は、
反射的に一歩、影に下がった。
男は振り返らない。
でも、
“見られる側に慣れている”背中だった。
(……ああ、そういうことか)
納得と同時に、
苛立ちが込み上げる。
光莉は、
守られている。
外に、
何も漏らさないように。
圭介は、
マンションを見上げた。
さっきまで、
灯りがついていた部屋が、
一つ、消える。
胸が、
きゅっと縮む。
(……もう、寝るのか)
時間を確認する。
早い。
規則正しい生活。
——幸せな女の生活だ。
それが、
どうしようもなく、
腹立たしかった。
「……調子に乗りやがって」
声は、
ほとんど、息だった。
圭介は、
ポケットからスマホを取り出し、
画面を見つめる。
連絡先。
光莉の名前。
消していない。
消せなかった。
指が、
画面の上で止まる。
——今じゃない。
そう思った瞬間、
自分でも分かる。
これは、
「やめる」という判断じゃない。
「まだだ」という判断だ。
圭介は、
スマホをしまい、
踵を返した。
でも、
歩き出してからも、
何度も振り返る。
マンションは、
もう、闇に溶けている。
それでも。
(……確認できた)
何を?
と問われたら、
答えはない。
ただ、
一つだけ、確かなことがある。
光莉は、
圭介の視界の外に出た。
——そして。
視界の外に出たものほど、
人は、、、、執着する。




