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35歳、年下御曹司に本気で溺愛されていました  作者: 真夜中さん


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帰る場所


駅前で圭介と別れたあと、

光莉はしばらく、その場から動けずにいた。


胸の奥に残る、嫌なざわつき。


圭介の最後の一言が、耳に残っている。


『後悔するぞ』


……しない。


そう言い切れるほど、強くはないけれど。


ポケットの中で、スマホが震えた。


蓮からのメッセージ。


さっき届いたまま、まだ返していなかった。


『今どこですか?』


短い一文。


責める言葉でも、急かす言葉でもない。


画面を見つめて、指が止まる。


(……ちゃんと、返さなきゃ)


光莉は、深呼吸してから打った。


『駅前です。

 もう、帰ります』


送信すると、すぐに既読がついた。


数秒後。


『分かりました。

 気をつけて』


それだけ。


でも、その一言で、


胸の奥に溜まっていた緊張が、少しだけ抜けた。


(……待ってくれてる)


マンションに向かう道すがら、


光莉は何度も足元を確認しながら歩いた。


——帰る、という言葉を

こんなふうに使える場所があることが、

まだ少し不思議だった。


エントランスを抜け、

エレベーターに乗る。


鏡に映る自分は、

少しだけ顔が強張っている。


でも、

圭介と向き合っていた時より、ずっとましだった。


鍵を開けると、

部屋の中からキーボードの音が聞こえてくる。


「……おかえりなさい」


リビングの奥から、蓮の声。


「ただいま……」


それだけで、

胸の奥がすっと落ち着いた。


「外、どうでした?」


画面から目を離さないまま、

蓮が何気なく聞く。


「……少し、歩いてきました」


「そうですか」


それ以上、聞かれない。


——ありがたい。


今は、全部を言葉にする余裕がない。


光莉はソファに腰を下ろし、

膝の上で手を握った。


(言ったほうが、いいよね……)


沈黙が、数秒流れる。


やがて、

蓮がパソコンを閉じた。


「……何か、ありました?」


さっきとは違う。


ちゃんと、こちらを見る目。


光莉は、少し迷ってから口を開いた。


「……偶然、元彼に会いました」


蓮の表情は変わらない。


ただ、瞬きが一度、遅れた。


「そうですか」


「……それだけ、です」


嘘ではない。


全部を言っていないだけ。


「怖い思いは?」


「……いいえ」


その答えを聞いて、

蓮は小さく息を吐いた。


「なら、よかった」


それ以上、踏み込まない。


その距離感が、

胸にじんわりと染みてくる。


「……あの」


光莉は、意を決して言った。


「私、まだここにいても……いいですか」


一瞬の間。


でも、答えは迷いなく返ってきた。


「当然です」


当たり前のように。


「光莉さんが、

 ここにいたいと思うなら」


視界が、少し滲んだ。


「……ありがとうございます」


「礼を言うことじゃないです」


そう言って、

蓮はまた仕事に戻ろうとする。


でも、その前に一言だけ。


「それと」


光莉が顔を上げる。


「もし、また会うことがあったら」


「……はい」


「一人で抱えなくていい」


淡々とした声。


でも、確かな温度。


光莉は、ゆっくり頷いた。


——帰る場所。


夜、ベッドに横になりながら、


圭介の言葉を思い出す。


『後悔するぞ』


それでも、


不思議と怖くはなかった。


ここには、

鍵があって、

灯りがあって、

「おかえり」と言ってくれる人がいる。


それだけで、十分だった。


同じ夜。


同じ街のどこかで。


圭介は、眠れずに天井を見つめていた。


「……後悔するのは、どっちだよ」


その呟きが、


まだ誰にも届かないまま、


闇に溶けていく。


——静かに、

次の波は近づいていた。






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