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35歳、年下御曹司に本気で溺愛されていました  作者: 真夜中さん


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14/23

居場所と知らない世界



翌朝のキッチンに、

コーヒーの香りが広がっていた。


「……いい匂い」


思わず口に出すと、蓮が振り返る。


「苦手じゃないですか?」


「いえ、好きです」


そう答えながら、

光莉は少し戸惑っていた。


“好き”なんて、

最近あまり口にしていなかった言葉だ。


テーブルに並ぶのは、

昨日と同じように蓮が作った朝食。


でも、不思議と落ち着く。


「今日はどうします?」


蓮が何気なく聞く。


「……荷物はもう全部取りに行きましたし」


そう言った瞬間、胸の奥がきゅっとする。


“もう帰る場所がない”という事実を、

言葉にしたから。


蓮は一瞬だけ視線を落としてから言った。


「じゃあ今日は、何もしない日で」


「え?」


「決めなくていいって言いましたよね」


その言葉に、少し救われる。





昼前。


蓮はリビングのデスクにノートパソコンを置き、

イヤホンをつけた。


「……はい。ではその件は在宅対応で」


低く抑えた声。


画面越しに、誰かと話しているらしい。


(在宅……?)


通話が終わると、蓮はイヤホンを外して言った。


「基本、仕事はここでしてます」


「……会社には行かないんですか?」


「必要な時だけですね。今日は少し外に出ますけど」


なるほど、と光莉は思う。


だから、いつも“ここにいる”んだ。


正直、一人で過ごすよりも蓮がいた方が

安心感が違う気がして在宅のありがたみを感じた。


「……例の件は、まだ表に出すな」


再び始まった短い通話。


光莉は聞かないふりをする。


けれど、胸の奥に小さな引っかかりが残る。


(やっぱり、この人の世界は私と違う)




午後、スマホが震えた。


——圭介からの通知。


『今何してんの?』


短い一文。


でも、胸がざわつく。


(心配してる?

それとも、ただの確認?)


既読をつけず、画面を伏せた。


夕方、蓮がコートを手にする。


「少し出ます。夕飯までには戻ります」


「はい」


ドアが閉まったあと、部屋は静かになる。


広くて、綺麗で、借り物の空間。


(……ここに、どれくらいいていいんだろう)


その夜。


蓮が帰ってきた直後、スマホがまた震えた。


今度は、圭介からの着信。


出ない。

でも、留守電が残された。


『……光莉。

昨日さ、ちょっと思ったんだけど。

お前、前より……なんか、違った』


再生を止める。


胸の奥に、嫌な予感が広がる。

息が詰まりそうになる。

今更、何の用だ。




——圭介は、もう気づき始めている。


その頃。


蓮はマンションのエントランスで、

誰かの視線を感じて立ち止まっていた。


振り返っても、そこには誰もいない。


だが、確かにあった。


(……動き出したか)


蓮は小さく息を吐き、

エレベーターに乗り込む。


——それぞれの胸に芽生えた違和感が、

まだ名前を持たないまま、静かに膨らみ始めていた。




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