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35歳、年下御曹司に本気で溺愛されていました  作者: 真夜中さん


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11/24

プリンと、帰る場所



夕方の空気は、まだ少し湿っていた。


雨は上がっていたけれど、アスファルトに残った水たまりが、


街灯をぼんやり映している。


コンビニまでの道は、

思ったよりも長く感じた。


(……普通の散歩なだけなのに)


周りには、仕事帰りの人。

スマホを見ながら歩くカップル。

当たり前の日常。


その中に混ざると、


急に、自分だけが浮いている気がした。


「プリン……」


冷蔵ケースの前で立ち止まる。


何種類も並んでいて、

どれを選べばいいのか分からない。


高級そうなのは、違う気がした。

安すぎるのも、失礼な気がする。


結局、

一番“普通”そうなカスタードプリンを二つ、手に取った。


(……一緒に食べる前提、だよね)


勝手にそう思って、

少しだけ胸がざわつく。


マンションに戻ると、

エントランスの明るさに、ほっとした。


鍵を使うのは、まだ慣れない。



カチリ、と音がして、ドアが開いた瞬間。


——あ、帰ってきた。


そんな言葉が、自然に頭に浮かんでしまって、

自分で自分に驚いた。


部屋の中は、


朝と同じように整っている。


でも、

もう“知らない場所”じゃなかった。


プリンを冷蔵庫に入れて、

ソファに座る。



そのまま、

いつの間にか、うとうとしてしまった。




「……光莉さん」


名前を呼ばれて、はっと目を開ける。


「……っ」


目の前に、蓮さんが立っていた。


スーツ姿のまま、ネクタイを少し緩めている。


「ごめんなさい、起こしました?」


「い、いえ……私、寝て……」


慌てて体を起こすと、

蓮さんは小さく首を振った。


「今日は、よく動いたんでしょう」


……プリンを買いに行っただけなのに。


その言葉が、

責めじゃなくて、労わりなのが分かって、

胸がきゅっとなる。



「プリン、買ってきました」


そう言うと、

蓮さんは少しだけ、目を見開いた。


「ありがとうございます」


その声と表情が、

仕事のときとは違って、柔らかい。


キッチンでスプーンを用意する音。

並んでソファに座る。


距離は、

昨日より近いはずなのに、

触れない。


プリンの蓋を開けると、

甘い匂いが広がった。


「……美味しいですね」


「ええ」


それだけの会話。


でも、沈黙は苦しくなかった。


(不思議だな)


こんな状況、

普通なら落ち着かないはずなのに。


「……昼間、連絡くれてありがとうございます」


私がそう言うと、

蓮さんはスプーンを止めた。


「つらいって言ってくれて、よかった」


「え?」


「言われなかったら、

 俺は多分、気づかなかった」


その言葉に、

少しだけ、目が熱くなる。


「……あの」


勇気を出して、続けた。


「朝、名前を呼ばれて……」


蓮さんの視線が、私に向く。


「どうして、私の名前を知ってたんですか」


一瞬。

本当に一瞬だけ、空気が変わった。



でも、蓮さんは逸らさない。


「……今は、答えられません」


静かな声。


「でも」


少し間を置いてから、

はっきり言った。


「あなたの名前を呼んだことに、

 後悔はしていません」



胸の奥が、

どくん、と鳴る。


「いつか、ちゃんと話します」


嘘をつかない。

でも、全部も言わない。


その距離感が、

なぜか、怖くなかった。


「……分かりました」


私がそう言うと、

蓮さんは、少しだけ肩の力を抜いた。


「今日は、帰ってきてくれてありがとう」


帰ってきて。


その言葉が、

胸の中で、何度も反響する。


「……こちらこそ」


プリンを食べ終わって、

空の容器を見つめる。


たったそれだけの一日。


でも、

昨日より確実に——


ここが「逃げ場」じゃなくなっている。


夜、ベッドに入ってから、

天井を見上げる。


名前。

プリン。

帰ってきて、という言葉。


(……私)


この人のそばで、

少しずつ、戻ってしまっている。


何にかは分からない。


ただ、

もう一度眠りにつく前、

確かに思ってしまった。


——明日も、ここにいたい。


それが、

どんな意味を持つのかも、知らないまま。




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