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クリームソーダ

「ここよ」

 朋美さんが立ち止まり視線で示したのは、昭和のレトロ感が漂う喫茶店だった。

 扉を開くと、カランコロンと音がした。

「いらっしゃい」

 お店の奥から、60才ほどに見える背の低い女性が、商売人らしい笑みを浮かべて迎えてくれた。

「おばさん、さっき電話した友人の市香と、妹の陽菜ちゃん」

 来る時の電車の中で関係を聞いたのだけど、美智子叔母さんは、朋美さんのお父さんの妹だそうだ。

 交流はお盆正月を除けば、家族でこの喫茶店へ食べに来るくらいだそうで、今は時々、1人で悩み相談がてら食べに来ているそうだ。

「お世話になります」

 お姉ちゃんが真面目な表情を浮かべてそう言うと、私も慌てて頭を下げた。

 そして、お姉ちゃんの目配せに合わせて、私は転がしてきたキャリーバッグを寝かせてチャックを開けた。

 なんか、怪しい取引みたい。

 でも、中身は白い粉とかではなくて、ペンギンの抱き枕だけど。

「父です」

 私がそう言うと、起き上がったペンギンが前に傾いた。

「これはまた、珍しい憑依物だねぇ・・・」 

 美智子おばさんは観察するように、マジマジとペンギンを眺めた。

「うん・・・うん、丁寧な挨拶ありがとうね。成仏の仕方ねぇ・・・あんたがそれを望むなら幾つか方法を試すけど・・・熱くない方法? お焚き上げのことを言っとるのかい?」

 美智子おばさんがブツブツと独り言のように、お父さんと会話している。私たちはそれをジッと見守った。

「まぁ、そんなに気に病むことはないと思うけどね。あんたの魂がこの世に留まっているのは、死神のミスだろうからね」

 え? 何それ。物凄く気になるんですけど。

「あ、あの。死神って本当にいるんですか?」

 私は好奇心に耐え切れず、届くか届かないかの控えめな声で尋ねた。

 すると、美智子おばさんはこちらを振り返り、口元をニンマリと緩めた。

「もちろん、おるよ。私も1度会っとるしね」

「ど、どんな姿なんですか? やっぱり、ドクロの顔とか武器持ってたりするんですか?」

「私が見たのは背広にネクタイ姿で、髪を七三に分けた中年の男だったね」

 何それッ。そんなひと、町中にいくらでもいるじゃない。そんな死神、私は認めないから。

「見間違いじゃないんですか?」

 そう聞くと、美智子おばさんは私の顔を見て何か察したのか、フッと小さく笑った。

「死神も色々おるんだろうさ。子どもの姿を見た人もいれば、ガテン系のおじさんだったって言ってた人もいるからね」

「そうなんですね・・・」

 私はチラッとペンギンを見た。

 お父さんはどんな死神に会ったんだろう。

「あの、それで、死神のミスってどういう意味ですか?」

 お姉ちゃんが、それた話をグイッと戻した。

「言葉の通りだよ。死神も忙しいから時にはミスもするんだよ。案内の途中ではぐれたのか、それともそもそも迎えを忘れたのかで、いき場の分からなかったあなた達のお父さんは、馴染んだそのぬいぐるみに入り込んでしまったんじゃないかな」

「でも、お父さんが亡くなったのは1年前なんです。急に動き出したのは最近だし、おかしくないですか?」

 お姉ちゃんが食い下がった。

「お父さんの記憶が混濁しているところから予想するとだけどね、ぬいぐるみのなかで眠ってしまっていたんじゃないかな。霊は時間がたてばたつほど過去があやふやになって行き、最後は自分すら分からなくなってしまうからね」

「そうなの?」 

 私がお父さんに聞くと、ペンギンは申し訳なさそうに体を小さく左右に振った。

 すると、美智子おばさんが私たちのやりとりを見て、ニコやかに笑い出した。

「楽しそうで良いじゃない。そのうち死神も見つけて案内に来るだろうし、今のひと時を大事にしなさいな」

 美智子おばさんはそう言いながら煙草を取り出すと、「1本いいかな」と断りを入れて火を点けた。

「チカラを使うと我慢できなくなるのよ・・・それから、心配しなくてもお父さんは邪気を出していないから、周りに何かしら影響がでることはないと思うわよ。隣の男の子は、無意識にチカラを使いすぎて脳がオーバーヒートしただけじゃないかな。子供の頃はよくあることね」

 そう説明して、美智子おばさんは煙草の煙を天井に向けて吐き出した。

 私とお姉ちゃんは、顔を見合わせて頷いた。

「少し、安心しました。有難うございます。それで、その、お金はいくらほど払えばいいですか?」

 お姉ちゃんが大事な話を、恐る恐る切り出した。

すると。美智子おばさんはニコッと笑う。

「要らないよ。お金を取るとチカラが消えてしまうからね」 

「でも、それでは申し訳ないです」

「それなら、何か飲んでいってちょうだい。他の人にもそうしてもらってるし」

 そう言って、美智子おばさんは灰皿に煙草の火を押しつけて消した。

「ついでに、あんたたちも見てあげるわ。この椅子にお座りな」

 美智子おばさんは自分の座るカウンターの椅子の、隣の椅子をポンポンとたたいた。

「叔母さんはそのひとについてる守護霊とか、ご先祖様と会話も出来るの。結構当たるわよ」

 朋美さんが楽しそうにそう促した。

 私とお姉ちゃんはまた顔を見合わせた。

 お姉ちゃんの顔が「どうする?」と問いかけながらも、嬉しそうに見えるのは、占い好きの女の血が騒ぐからだろう。きっと、私の表情も緩んでいるだろうね。

「じゃあ、お言葉に甘えて、お願いします」

 年功序列。話し合いもなく、お姉ちゃんが先に椅子に座った。

「この紙に名前と、生年月日を書いて」

 お姉ちゃんはペンを受け取ると、紙に名前を書いて、その横に西暦で生年月日を書いた。

 紙を受け取った美智子おばさんは、紙に書かれた字を見ては、お姉ちゃんの顔を見て、また紙を見てと何度も視線を往復させた。

「・・・なるほどね。市香ちゃんは頑張り屋の真面目なこだね。お父さんが亡くなって、お母さんも忙しい人みたいだから、家内を守らないといけない気持ちが、人一倍強いのかな」

 お姉ちゃんは驚いたように目を見開いて、頷いた。

「もう少し、気持ちを抜いたほうがいいわね。疲れは万病のもとだと、ご先祖様が心配してる」

「分かりました」

 お姉ちゃんが、素直に頷いた。

「それから、ストレス発散にアイスを食べ過ぎないようにって」

「えッ、ご先祖様そんなことまで言うんですか?」

「あ、それはそこのお父さんがおっしゃったの」

「お父さんは黙っててッ」

 キッとお姉ちゃんに睨みつけられて、ペンギンはそそくさとテーブルの影に隠れた。

「冗談は置いといて、運気はこれから上がっていくから、金運もいいし、努力したことに対して、ちゃんと評価されるからね」

 お姉ちゃんは嬉しそうに頷いた。

「ただ、異性との付き合いには慎重になった方がいいわね。嘘つきのキツネがあなたにすり寄っているみたい」

 ペンギンじゃなくて?

「それって、今の彼氏のことですか?」

 お姉ちゃんは不安そうに尋ねた。

「そうだと、あなたのご先祖様が不機嫌に言ってるのよ。まぁ、入れ込みすぎないように気を付けて付き合えば、いいんじゃないかな。何事も経験だからね」

「・・・分かりました。有難うございます」

 お姉ちゃんは少し気落ちした様子で、椅子から立ち上がった。

 次は、私のばんッ。

「お願いします」

 私はそそくさと椅子に座ると、紙に名前と生年月日を書いた。

 朋美おばさんは紙を受け取ると、ジッと眺めた。

 ドキドキする、何を言われるんだろ。

「・・・あなた、腐ってるのね」

 お父さんかッ。

 キッとペンギンを睨見つけると。ペンギンは慌てて体を左右に振った。

「違うわよ。あなたの後ろに見える和服の女性が言ってるの。賢い良い子なのにって、ため息をついてるわよ」

 それはなんか、申し訳ないです。でも、この崇高な理念を探求するのは、私に与えられた使命なの。

どうか、温かく見守って下さい。

「幼なじみの異性と仲がいいのね。あなたに寄り添ってくれる良い縁だから、大事にしたほうがいいわね」

「もちろんです」

 私は力強く頷いた。

「あら? どうしてあなたの守護霊さんは、頭を抱えてるのかしら」

 どうしてでしょうね。

「まぁ、少し頑固だけど、何かを成し遂げる人間ていうのはそういうものだし、自分の信じた道を進めばきっと上手く行くと思うわよ」

「ありがとうございます」

 私は嬉しくなって、笑みを浮かべながらお礼を言った。

「それと・・・」

 美智子おばさんはチョイチョイと手招きして、私とお姉ちゃんを引き寄せた。

「アンタたち、ちゃんとお別れもできずに死別したんでしょ。もしかしたら、死神の粋な計らいかもしれないからね、伝えられるうちにちゃんと気持ちを伝えたほうがいいよ」

 お父さんに聞こえない程度の声で美智子おばさんにそう言われ、私とお姉ちゃんは曖昧に頷いた。

 その姿を見て美智子おばさんは笑みを浮かべると、席を立って調理場に入って行った。

「なに飲む?」

 エプロンをつけながら尋ねられ、お姉ちゃんと朋美さんはコーヒーを頼み、私は悩んだ末にクリームソーダを注文した。

「これもどうぞ」

 そう言って、美智子おばさんはホットケーキまで出してくれた。

「ありがとうございます。なんか、逆にすいません」

 お姉ちゃんが恐縮してお礼を言った。私も合わせて頭を下げた。

「いいのいいの。珍しいもの見せてもらったお礼。はい、お父さんにもコーヒーね」

 私の横の席に座っているペンギンの前に、コーヒーが置かれた。

「え? 飲めないんじゃないです」

 私がそう言うと、美智子おばさんは頷いた。

「飲めないけど匂いは楽しめるのよ。特別に濃いめに入れたからね」

 確かに、こちらまでコーヒーのいい香りが漂ってきた。

 ペンギンはテーブルの方に体を倒すと、黄色いクチバシをコーヒーカップに近づけた。

「・・・どういたしまして」

 お父さんがお礼を言ったのだろう、美智子おばさんが不意に返事を返した。

 そうか、匂いは分かるんだ。私も何か作ってあげようかな。

 私はレシピを考えながら、半分に減ったアイスを緑のソーダに沈めた。

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