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見える子

「何してるの?」

 休日の朝、ゆっくりめの時間に起きてくると、リビングでペンギンが日光の差し組む窓際に立って、両ヒレをパタパタさせてジャンプしていた。

 ジャンプと言っても、10センチも上がってないけど。

 私に声をかけられ飛ぶのを止めると、脇においてあったスケッチブックを開いて、マジックで書き始めた。

(おはよう ひな とんで てんごくにいけないかとおもって)

 ペンギンは飛べないんじゃないかな。

「天国って空にあるのかな?」  

 私はそもそもの疑問を投げかけた。

(そうじゃないの?) 

「そうだとしても、まずはペンギンの体から抜け出さないとダメなんじゃない」

(どうやって?)

「例えば、人形供養とかのお焚き上げでペンギンを燃やして、からだ自体を無くすとか」

(あつそうだから いやだな)

「・・・お父さん、本気で成仏する気ある?」

 私は小さくため息を吐きながら、ペンギンを見下ろした。すると、ペンギンは目を合わさず下を向いてしまった。

 朝から、構ってちゃんはウザいんですけど。

 私は無言で洗面所に向った。なんか、少しイライラするんだよね。

 そして、顔を洗って戻ってくると、ペンギンは頭の上にお盆を乗せて、私の朝食をテーブルに並べていた。

 少しは悪いと思ってるのかな。まぁ、作り置きしたのはお姉ちゃんかお母さんだけど。

 私が席に着くと、椅子に乗ってレンジから器用におかずを取り出して持ってきてくれた。

「・・・ありがとう」

 一応お礼をを言うと、ペンギンはこちらを見てヒレをパタパタさせた。

「お父さん、お姉ちゃんがどこに出かけたか知ってる?」

 今日はバイトじゃなかったはずたがら、デートだろうか。

 お父さんの席に上がったペンギンは、テーブルの上にスケッチブックを置いてマジックを走らせる。

(あいさつもしてくれないから わからない)

 お姉ちゃんも、まだ怒ってるね。

(ふたりには いやなおもいをさせて もうしわけないとおもってる)

 私はウインナーをかじりながら、お父さんの差し出すスケッチブックを読んだ。

 読み終えて、視線をお皿に向けると、ペンギンはまた字を書く。

(できることなら このすがたでも ずっとみんなのそばにいたい)

「別に、いればいいんじゃないの。誰も迷惑してないし、ちょっとしか」

 私が少しトゲを刺すと、ペンギンは背もたれまで仰け反ってキョドった。

 その反応に、私は少し笑ってしまった。

「それ、お姉ちゃんにも見せてあげなよ」

 私がそう言うと、お父さんは体を前に傾けた。

「ただいま・・・どうぞ、上がって」

 玄関のドアが開く音ごして、お姉ちゃんの声が聞こえてきた。

「お邪魔します」

 遅れて、聞き覚えのない女の人の声がした。

 2つの足音は、まっすぐリビングにやってくる。

 私は慌てて、お父さんに視線で合図を送った。すると、ペンギンは椅子に乗ったまま動きを止めた。

「お父さん、居る?」

 リビングに入ってきたお姉ちゃんが、私を見つけるとそう尋ねてきた。私が視線でペンギンを示すと、お姉ちゃんは後から入ってきた女の人に笑顔を向けた。

「どうかな?」

 お姉ちゃんがそう尋ねると、同い年くらいで髪にソバージュをかけたその人は、目を細めて椅子の上て動かないペンギンを見つめた。

「うん、確かに薄っすら中年のオジサンの姿が見える」

「そうなんだ。お父さん、動いてもいいよ」

 お姉ちゃんがそう呼びかけると、ペンギンは不安なのかゆっくりとした動作で椅子から降りて、その女の人に体を傾けた。

 それから、私を振り返ってヒレでテーブルを指すようにパタパタさせた。

 スケッチブックを取れってことね。

 私はスケッチブックとマジックを渡すと、ペンギンは文字を書いた。

(はじめまして いちかの父です)

「あ、どうも、市香の友人の朋美です」

 朋美さんは慌てて会釈すると、お姉ちゃんに苦笑いを浮かた。

「霊とこう言う応対するの初めて。何か、とても新鮮だわ。でも、声も何とか聞こえるから、筆記しなくても大丈夫ですよ」

 そう言われて、ペンギンはスケッチブックを椅子の上に置いた。

「朋美は大学の友だちなんだけど。お父さんの事で、何度か相談してたの。それで、今日の午前中に来てくれる事になってたのよ」

 なるほど。約束だったから、お父さんと喧嘩中で口も聞きたくないはずだけど、お招きしたのね。

 朋美さんは目を細めて、ジッとペンギンと見つめ合った。時々、朋美さんはうんうんと頷き、ペンギンはヒレをパタパタさせている。

 なんかわかんないけど、緊張してくる。

 そして、私とお姉ちゃんの見守るなか、朋美さんは目を閉じると、大きく息を吐いた。

「朋美、どんな話できた?」

 お姉ちゃんが、少し緊張した声で聞いた。

「え? えっと、市香が大学でどう過ごしてるかとか、市香の彼氏の情報とかかな」

 それ、友人が遊びに来た時に、親と鉢合わせた時の世間話だよね。

「なに余計な話ししてるのよッ」

 お姉ちゃんが眼光を鋭くして、朋美さんの肩を力強く掴んだ。

「だって、市香のお父さんめっちゃ普通に挨拶してくるから、なんだか霊と話してる感じしなくてさ、ついね」

 おちゃらけた雰囲気を見せていた朋美さんの瞳が、不意に真剣なそれに変わった。

「・・・でも、あまり長く現世にいるのはマズイかもしれないよ」

「どうして?」

「私の聞いたほとんどの場合、本人の意思とは関係なく、悪霊化してしまうのよ」

 私とお姉ちゃんは思わず目を見開いた。その横でペンギンが数歩後ず去っている。

「初めは意識がはっきりしてるみたいなんだけど、だんだん自分が分からなくなっていって、人間のもっとも単純な感情である妬みとか、怒りが残っていってしまうみたいなのよね」

 お父さんが悪霊化・・・

 私はジッとペンギンの抱き枕を見つめた。

 怖さは無いかな。

 私はキッチンに移動すると、保温に残っていたコーヒーをお客様用のコップと、お姉ちゃんのコップに入れた。

 それをリビングのテーブルに置く。

「朋美、座って」

「ありがと」

 2人は並んでソファーに腰掛けると、コーヒーをすすった。

「じゃあ、やっぱりあの世に帰ってもらうしかないかな」

 お姉ちゃんが言葉を選ぶように、ゆっくりと朋美さんに尋ねた。

「それが1番だと思うよ」

「でも、どうすればいいの?」

 朋美さんは、う〜〜んと小さく唸りながら、ペンギンを見つめた。

「除霊で出来なければ、人形供養かな」

 薬が効かなければ、手術かなくらいの感覚だろうか。やっぱり、お焚き上げが最終手段なんだね。

「・・・おじさん、もう死んでるんだから熱さとか痛みはないと思うよ」

 熱いのはイヤとか言われたのだろうか。朋美さんは苦笑を浮かべてお父さんを諭した。

「あのぅ、除霊したら、お父さんすぐに消えちゃいますか?」

 私は、朋美さんに恐る恐る尋ねた。

「まぁ、状況によるかな。何日もかかる場合もあるし、すぐに取れる場合もあるから。あッ、言っておくけど私は除霊できないからね」

「えッ、そうなの? 色々と詳しいから出来ると思ってた」

 お姉ちゃんが驚いた声を出した。

「あのねぇ、除霊ってのは下手したら自分の命にも関わってくるんだから、安易にやっちゃいけないの」

 真剣な声でそう答えた朋美さんは、何かを思い出すように渋い顔を作った。

「前にさ、試したことがあって、霊にとりつかれそうになったことがあるのよ。その時は、美智子叔母さんに物凄い怒られたわよ」

「そうなんだ。じゃあ、除霊できるお坊さんか、探さないといけないかな」

「あぁ、それは美智子叔母さんに頼めると思うよ。私が取り憑かれそうになったときも、祓ってもらったし。ちょっと待ってて、電話してみる」

 朋美さんはスマホを取り出すと、連絡先を探して電話をかけた。

 呼び鈴の音が聞こえるなか、私とお姉ちゃんとペンギンは、複雑な気持ちで顔を見合わせる。

「あ、叔母さん? 前にちょっと話した人形に憑いた霊の事なんだけど、今から持って行っていいかな? うん、うん・・・分かった。じゃあ、お昼に行くね」

 そう言って、朋美さんは電話を切った。

「叔母さん、喫茶店やってるんだけど、今は忙しいから昼においでって」

「あ、うん、ありがとう」

 お姉ちゃんもテンポの速い展開に、少し戸惑いながらお礼を言った。

 そりゃあ、怒ってるって言っても、もしかしたら昼にはお父さんとお別れかと思うと、後ろ髪を引かれてしまうよね。私だってそうだし。

「お父さんは、それでいいかな?」

 私がためらいながらそう聞くと、ペンギンは静かに前に傾いた。



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