鮭のムニエル
「お姉ちゃん、凄いことがわかったよ」
バイトから帰ってきて、自室で着替えてるお姉ちゃんの部屋に押しかけると、私はやっと話せる喜びで早口にまくし立てた。
「霊感がある人には、ペンギンがお父さんに見えるみたい。話も出来るんだよ。お隣の理久くんがそうみたいなの」
すると、お姉ちゃんは私の期待した反応とは違い、少し険しい表情になった。
「それってお隣の瀬内さんに、お父さんのことがバレたってことじゃないの」
あ、確かに。
「でもほら、ちっちゃい子の言うことなんて、大人が真に受けないんじゃないかな。隣で、死んだおじさんと遊んだよなんて、信じないでしょ」
「・・・だといいけど。もうッ、お父さんもちゃんと幽霊としての自覚を持ってほしいわよ。これで噂になったら、うちはお化け屋敷扱いかもよ」
「確かに、それはイヤだけど・・・」
幽霊の自覚ってなんだろ。
「とにかく、お父さんにはちゃんと注意しておがないと」
家着に着替えたお姉ちゃんは、部屋を出て階段を降りていく。
リビングに入ると、お父さんはテレビを観ていた。
古い洋画だなぁ。ブルース・ウィルスが出てる・・・あッ、シックスセンスだ。幽霊の見える少年と、精神科医の交流を描いた話。最後は衝撃的だったから3年前に見たけどよく覚えている。
「ちょっと、お父さん。シックスセンス観て、理久くんとの接しかたの参考にしようとか考えないでくれるッ。わかってるの? 下手したら、この家に心霊系YouTuberとかが押し寄せてくることになるかもしれないのよ」
お姉ちゃんも、動画撮ってバズらせろうとしてたのは、今は棚上げだよね。
怒られたお父さんは、テレビを消すとスケッチブックに静かにマジックを走らせた。
(ごめん けいそつだったとおもってる はなせたのがうれしくって つい)
まぁ、そういう気持ちは分からないでもないかな。外国で日本人に会った時の親近感だよね。
「ついじゃないの。他の人にバレないように出来ないなら、人形のお焚き上げ出来る神社に送るからね」
私は、念仏を唱えるお坊さんたちに、他の人形たちと炎のなかにくべられるペンギンを想像してしまった。
(それはやめて きをつけます)
「分かればいいのよ」
お姉ちゃんはそう言うと、服の袖を上げながらキッチンに向った。
お父さんはスケッチブックを静かに閉じると、再びソファーによじ上り、テレビをつけるとカンドラのページを開いた。
シックスセンスは止めたようだ。
私はそれを確認すると、お姉ちゃんの手伝いをするべくキッチンに向った。
「ただいま」
玄関から、お母さんの声が聞こえてくる。
お父さんは慌ててテレビを消すと、ソファーの端に移動して動きを止めた。
パタパタとスリッパの音を立てて、お母さんがリビングに入ってきた。
「疲れたぁ」
仕事用の鞄を床に置くと、ドカッと長ソファーにお尻を落とした。横でペンギンが上下に揺れている。
「お疲れ様、お母さん。お風呂入れようか?」
「ありがとう、陽菜」
お母さんは仕事用のスーツを脱ぐと、首元のシャツのボタンを外した。
「そう言えば、いま外でお隣の瀬内さんの奥さんと理久くんにあったんだけど・・・」
「えッ、撮影されたの?」
私が反射的に聞くと、お母さんは驚いたように目を見開く。
「何で撮影されるの? なにかそういう約束になってたの?」
どうやら違ったようだ。
「ごめん、勘違い。それで、何を話したの?」
私は作り笑いで誤魔化しながら、お母さんを促した。
「理久くんが急に発熱したみたいで、これから病院に行くんだって。何ともなければ良いけど。まぁ、小さい時は、突然熱を出すから慌てるのよね。あなた達の小さい時も、お父さんと交互によく病院に走ったわよ」
感慨深げに微笑むお母さんを、ペンギンが体の向きを変えて見ていた。
ちょっとッ、動いたらバレるよ。
「そ、そうなんだ。理久くん大したことなければいいね」
もしかして、お父さんと遊んだことで、霊感の強い理久くんが充てられたとかじゃなければいいんだけど。お父さんも、責任を感じてるようだし。
お母さんは不意に手を伸ばすと、ペンギンを持ち上げて膝の上に乗せた。
お父さんが緊張しているのが伝わってくる。
「理久くんは、お父さんのサッカー友だちだったから、あの人も心配してるかもね」
「そうなの? 仲良かったなんて知らなかった」
「お父さん、学生時代にずっとサッカーをやっていてね。男の子が生まれたら一緒にサッカーをやりたかったみたい」
「別に、女の子でもできたんじゃないの」
理久くんに嫉妬してるわけじゃないよ。男女平等のご時世だからね。
「陽菜も小さい時に教えようとしたら、つまらないからイヤって言われたって、お父さんしょげてたわよ」
それは、なんかゴメン。
私はお父さんから視線をそらしながら、お風呂場に向った。
お風呂の栓をして保温のフタをすると、湯張りのスイッチを押した。リビングに戻ろうと廊下を歩いていると、お姉ちゃんの話し声が聞こえてくる。
「そもそも、お父さんって何でそのペンギン抱いて寝てたのよ。いい歳してさ」
リビングに入ると、お父さんはまだお母さんの膝の上に乗っていた。
「仰向けで寝るとイビキが酷いから、それを治させようと思って横向きで寝るように言ったのよ。その手助けにと思って、この抱き枕をお父さんに買ったんだけどね。いい加減、臭くなってきたから他のを買いに行かせたんだけど、抱き心地がいいのがないって、最後までこれ使ってたのよね」
そう言って、お母さんは両手でペンギンの顔をグッと潰した。
「同じの買えばよかったんじゃないの?」
私が聞くと、お母さんはため息をついた。
「限定ものだったのかな。買ったところにも無いし。ネットでも探したけど無かったのよ」
今さら知る抱きまくりの由来。仕方ないよ、興味なかったんだもん。
「さてと、お風呂に入る用意しようかな。ごめんね市香、明日は私がやるから」
「別にいいよ」
お姉ちゃんがフライパンから目を離さず、カエシを振って答えた。
お母さんはペンギンをソファーに置くと、服を着替えに寝室に入って行った。
ドアが閉まる音が聞こえると、ペンギンがゆっくりと起き上がった。
「陽菜、お皿ならべて」
「は〜〜い」
私はキッチンに行くと、チラッとフライパンをのぞいた。やっぱり、匂いの通り鮭のムニエルだ。
食器棚からそれに合う食器を3枚取り出して、コンロの横に並べると、お姉ちゃんがお皿にこんがり焼けた鮭を盛り付けていく。
盛り付けの終わるまでの間、リビングのソファーを窺うと、ペンギンは背もたれに体を預けたまま、ジッとしていた。
無表情でボーーッとしてるようにしか見えないけど、何か考え事してるのかもと思えるのは、接し慣れてきたからだろうか。
お母さんが寝室から出てきて浴室に移動すると、ペンギンはソファーから降りて、スケッチブックに何か書き始めた。
書き終わると、ダイニングテーブルまでやって来て、お父さんの席だった椅子によじ登る。
私とお姉ちゃんが食事をする箸を止めて見ると、お父さんはいま書いていたページを見せた。
(てんごくの かえりかたを さがそうとおもう)
「急にどうしたの。やっぱり、理久くんのこと気にしてるの?」
やっと、この生活にも慣れてきたのに、飼い猫に手を噛まれた気分だよ。あれ、犬だっけ?
お父さんが次のページをめくる。
(しらずに かぞくにわるい えいきょうをだしてるかもしれない そんなきがしてきた)
今のところ何の影響も感じないけど・・・。
「勝手にすればいいんじゃない。勝手に戻ってきて、勝手にいなくなるだけでしょ」
お姉ちゃんは静かにそう言うと、鮭を1切れ口に運び、ご飯を口いっぱいに放り込んだ。
ペンギンは椅子から降りると、寝室の方にトボトボと消えて行った。
私は鮭を箸で1切れ取って、口に入れた。
さっきより、味が薄い気がする。これ、私の好物なんだけどなぁ。
私はおみそ汁をすすって、ご飯をひと口食べた。




