ペンギン型ロボット
いま、私の部屋には幼なじみの聡太さんと翔流さんが、壱万円もした大きなビーズクッションに背中を持たれかけながら、漫画を読んでいる。
2人は時々、顔を見合わせては言葉を交わし、相手を思いやるように微笑みあっでいた。
・・・ビーズクッション、買う時は相当悩んだけど、こうしてみれば安い買い物だったわ。
私はドアの隙間から中を覗きながら、小さく頷いた。
(なかに入らないで なにしてるんだ)
動かないでって言ったのに、いつの間にやってきたのか、お父さんがスケッチブックを見せていた。
「・・・尊いものを見ているの」
ペンギンのため息が聞こえたような気がした。
(りっぱに くさったね)
ありがとう。褒め言葉として受け取っておくわ。
「お父さん、お願いだから寝室にいてね」
私が釘を刺すと、ペンギンはスケッチブックにマジックで字を書く。慣れたもので、マジックのキュッキュッと鳴る音がリズミカルだ。
(どこでも うごかなければ 人形にしかみえないよ リアル ダルマさんがころんだだね)
何がリアルなんだか知らないし。
私はわざとらしく大きくため息を吐くと、炭酸飲料の入ったペットボトルとコップを乗せたお盆を持ち直した。そして、自室のドアを開けるとなかに入る。
「陽菜さん、話し声が聞こえたけど、誰か帰ってきたの?」
聡太さんが体を起こして聞いてきた。
そんなこと気にしなくていいのよ。2人はクッションに寄りかかって身を寄せ合っていれば、私の栄養になるのだから。
「電話の話し声じゃないかな。お母さんから、帰りが遅くなるって電話があったから」
私はお盆を小さな丸いテーブルに置いて、飲み物をコップに注いだ。
「そうなんだ」
2人はコップを取ると、攻めの翔流さんはひと息に半分ほど飲み干し、受けの聡太さんはひと口ふた口とゆっくりと飲んだ。
飲む姿だけで、なんて画になるんだろう。あぁ、私の手に睡眠薬があったら、この炭酸飲料に混ぜて、素晴らしい画を作り出してみせるのに・・・いけない、いけない、そんなアンナチュラルな美しさなど邪道だわ。自然が生み出すBLこそ価値があるのよ。
私は胸に湧き上がる邪念を、炭酸飲料と共に飲み込んだ。
「そうだ、陽菜さん聞いてよ。翔流がこの前、同級生の女子に告白されたんだよ」
なんですとッ!
「そ、そうなんだ。それで、どうお断りしたの」
「え? どうして断る前提なの?」
当たり前じゃない聡太さん。翔流さんの相手はあなたなのよ。自覚が足りないんじゃないかしら。
すると、翔流さんは少し照れた笑みを浮かべた。
「付き合ってみようかと思ってるんだ。同じクラスの子なんだけどさ、学級代表もやってるしっかりした子なんだ。でも、ちょっとドジなところもあって守ってあげたくなるんだよな」
何を言っているのッ。あなたの守るべき相手は隣にいるじゃない。
翔流さん、それは女の使う古典的な狩猟法なのよ。あなたはまさに今、ヘビにリンゴを食べさせられかけているアダムなの。そんなことになったら、もう神の世界にはいられないのよ。
「えッ、えッ? 陽菜さん、どうして泣いてるの」
「もう、こうして一緒にいられないかもと思うと、悲しくなってしまって」
「なに言ってるの、大丈夫だよ陽菜さん。僕らは幼なじみなんだし、何も変わらないよ」
ありがとう聡太さん。そうよね、その女を誅殺すれば何の問題もないわよね。
「ありがとう。これからもよろしくね」
私、もっと頑張るよ。
「もちろんだよ」
2人は爽やかな笑顔で、私の手を握ってくれた。
「じゃあ、また来るよ」
翔流さんは買い物を忘れていたようで、自転車に乗って慌てて帰っていった。
「・・・あ、その、陽菜さん」
ゆっくりとした所作で靴紐を結び終えた聡太さんは、立ち上がると私を振り返った。
「僕はずっと、陽菜さんのそばにいるから」
少し恥ずかしそうにするその表情は、彼の中性的な魅力を何倍にもしていた。
優しいね聡太さんは。その表情で翔流さんと見つめ合ってくれたら、私のイマジネイションは膨らんで、1週間はおかずがいらないのに。
「ありがとう。私も出来る限り、2人のそばにいたいし、いさせて欲しい」
「あ、うん。ちょっとニュアンスと言うか、意味が・・・」
もともと優しい声なのに、さらに細くなってしまってよく聞き取れない。
「どうしたの?」
「いや、何でもないよ。さようならッ」
何故かぎこちない笑顔を作って、聡太さんは玄関を出ていった。
私はその去り行く背中を見つめながら、思案していた。
何か対策を取った方が良いだろうか。でも、考えてみれば、その女の子との三角関係も面白いかもしれない。普通の恋愛に逃げようとした翔流さんが、聡太さんとの真実の愛に気がつく。そのラインで攻めてみようかしら。
「あら?」
門の手前で、聡太さんの背中が止まっている。うちの庭の方を見ているようだけど・・・。
すると、聡太さんが不意にこちらを振り返った。
「陽菜さんッ、あのロボットなに!」
私は聡太さんのもとに駆け寄ると、彼が釘付けになっている中庭を見た。
そこには、お隣の幼稚園児の理久くんとペンギンのぬいぐるみが、サッカーボールを蹴り合っていた。
何してるのよ、お父さんッ。とにかく、誤魔化さないと。
「ダルマさんッ」
思わず出た言葉はそれだった。すると、ペンギンは途端に動かなくなって、その場にコテンッと倒れた。
「どうしたの、おじさんッ」
理久くんがボールを置いて、ペンギンに駆け寄っていく。
どうして、おじさんって呼んでるんだろう。まぁ、取りあえずそれはいいや。幼稚園児はどうにでもなるだろうから、まずは聡太君をどうにかしないと。
「聡太君、近頃の飲食店ってやたらと配膳ロボットがいると思わない?」
「う、うん、そうだね」
「あのロボットって動きが遅いし、運ばれてきたものはお客さんが取らないといけないし、お店の人が配膳したほうが早いんじゃないって思わない?」
「た、確かにそれは思うけど」
「それでも、ロボットが近づいてきたら私たちは道を譲ってあげたりして、優しく見守ってるわ。それはきっと、そうしたロボットがまだ幼い存在であり、これからの進化を期待しているからだと思うの」
「な、なるほど」
そして、私は寝転がるペンギンを指さす。
「あの、ペンギン型ロボットも子供の見守り用として開発されたけど、バッテリーがすぐに切れてしまうという欠点があるのです」
「そうなんだね。それでも、ボールを蹴るペンギンなんて、すごい技術だね」
聡太君の瞳がランランと輝いている。男の子はやっぱりロボットが好きだね。でも、残念ながらあれは、たんなるおじさんの幽霊だから、ごめんね。
「お母さん、市議会議員やってるでしょ。その関係でどこかの会社からロボットのモニターを頼まれたの。守秘義務とかもあるみたいだから、聡太君もあまり他の人に話さないでね」
「もちろんだよ。陽菜さんとの約束は絶対に守るから」
「ありがとう。私も聡太さんだから何でも話せるんだと思う」
嘘ばかりついてゴメンね。髪をかきあげて可愛らしく照れてる姿を見ると、私も少し心が痛むよ。
「さぁ、私はペンギンを充電しないといけないから」
「あ、うん。僕は帰るよ。お邪魔しました」
私は聡太君が見えなくなるまで手を振って見送ると、素早くペンギンに駆け寄った。
「だいじょうぶぅ、おじさぁん」
理久くんは動かないペンギンを揺さぶって、泣きそうな声で呼びかけていた。
「ごめんね理久くん。このペンギン型ロボットは精密機械だから、あまり動かすと壊れちゃうの」
私が苦しい言い訳をすると、理久くんはキョトンとした表情で私を見上げていた。
お願い、私だってバカみたいと思ってるんだから、そんな真っすぐな視線はやめて。
「どうしておじさんが、ペンギンなの?」
「え? どうしてって、見るからにペンギンの枕でしょ?」
私は戸惑いながら尋ね返すと、理久くんは濁りのない瞳で私を見たまま、不思議そうに首を捻った。
私が言葉に困っていると、不意にペンギンが立ち上がった。
ちょッ、お父さん!
「よかった。おじさん、しんじゃったのかと思ったよ」
理久くんが満面の笑顔で、ペンギンに話しかけた。
どういうことだろう。こんな小さな子がブラックユーモアだろうか。
すると、理久くんはペンギンを見つめたまま、うん、うんと頷くと、
「わかった、また遊ぼうね。おねえちゃんもバイバイ」
そう言ってボールを拾うと、隣の家に帰って行った。
「どういうこと?」
理久くんの姿が見えなくなって、振る手を留めながら、お父さんに聞いた。
すると、ペンギンはウッドデッキに置いてあるスケッチブックを取って、考え考えゆっくりマジックで字を書いていく。
(りくくんには いきてたときのすがたに みえてるみたい ことばもつうじる)
それって・・・
「霊感があるってこと?」
(そうなのかもしれないね テレビとかのちしきが正しければ)
私が頷くと、ペンギンはスケッチブックを閉じて、玄関の方に歩いて行った。
私はその後ろ姿を、目を細めてジッと見つめた。しかし、どう頑張ってもペンギンの枕にしか見えなかった。
「霊感ないか」
私は少し寂しい気持ちを感じながら、お父さんの後について行った。




