オヤジギャグは封殺
「それで、お母さんにはどう説明するよ? また、好きなもの当てとかめんどいから、一発で説明したいんだけど」
それやるの、お姉ちゃんだけだと思うよ。
テレビを見ながら、美容パックをするお姉ちゃんを眺めながら、私はお風呂上がりのアイスをかじった。
(シャワー どうだった?)
お父さんが、スケッチブックを私に見せてくる。
「あぁ、ありがどう。シャワーの勢いよくなってたよ」
お礼を言うと、お父さんは得意気に胸を張った。その右ヒレは、まだ乾ききってなくて色が濃い。
網を外して洗う時に濡れてしまって、ドライヤーで乾かしたけど、乾ききらなかったようだ。
「ちょっとッ、聞いてるの? もうすぐ帰ってくるんだから、2人とも真剣に考えてよ」
顔パックで言われても、1番リラックスしてるように見えるんだけど。
「そうだなぁ・・・プレゼントリボン付けて、お母さんに渡したらどうかなぁ」
「どゆこと?」
「Amazonってなんでも売ってるでしょ。お父さん売ってたから、ポチッたら来たみたいな」
お姉ちゃんが腕を組んで、う〜〜んと唸った。
「駄目ね。汎用お父さんならあるかもしれないけど、オーダーメイドはありえないでしょ。それなら、サンタさんからのプレゼントの方が有り得そうじゃない」
お姉ちゃんがパックを外しながら答える。電灯に照らされて、顔がテカテカしてる。
「でも、クリスマスはまだずっと先だから、無理じゃないかな」
(どっちも ダメだろ げんじつてきに)
ファンタジーなお父さんが言ってもねぇ。
お父さんは続けてスケッチブックに文字を書く。
(しょうじきにいえば わかってくれるよ そういうお母さんだろ)
私とお姉ちゃんは「まぁ、確かに」と、納得してしまった。
私はアイスの最後のひと口を食べて、ゴミを捨てようと立ち上がると、玄関チャイムが鳴った。
「あ、帰ってきた」
ゴミ箱に袋を捨てて、その足で玄関に歩いていく。
鍵を開けようとすると、ドアの向こうから話し声が聞こえた。
あ、また西島さんに送ってもらったんだ。
鍵を外してドアを開けると、案の定、ナイスミドルの西島さんに支えられたお母さんが、陽気な笑顔で立っていた。
うッ、お酒臭い。
「こんばんは、陽菜ちゃん。遅くにごめんね」
西島さんが申し訳なさそうに謝る。
「たらいま帰りまひたッ」
音量の調節の聞かないお母さんが敬礼して倒れていくのを、慌てて西島さんが支え直す。
「珍しく、だいぶ酔っちゃっててね。とても1人で歩ける状態じゃないんだ」
「らあに言ってるの、ぜんぜん酔ってらいわよ」
らの数が多いよ。
「ご迷惑おかけしました」
私が引き取ろうと、お母さんの腕に自分の腕を回した。
「1人で大丈夫? 迷惑でなければ運ぶの手伝うよ」
「でも・・・」
私は、ハザードを出して停車したままのタクシーを見た。
「あぁ、待たせとけばいいから」
そう言って微笑むと、お母さんを支えながら玄関に入った。
私はお母さんの靴を脱がす。それを確認して、西島さんは自分の靴を脱ぎながら「お邪魔します」と小さく言った。
「すいません、リビングにお願いします」
私はお母さんの腕を引きながら案内する。
「キャアッ。もうッ、お母さん!」
お姉ちゃんが西島さんの方に手をかざして顔を隠しながら、お母さんに苦情を言った。
「ごめん、市香ちゃん。お母さんを横にしたらすぐ帰るからね」
西島さんはお姉ちゃんに背中を向けて歩くと、長ソファーにお母さんをゆっくりと座らせた。
その隣には、動きを止めたペンギンお父さんが座っている。
「あらがとう」
お礼を言いながら、お母さんがソファーに倒れ込む。
すると、西島さんは優しくお母さんの頭を持ち上げ、ペンギンをその下に置いた。
悪気はないはずだよ、お父さん。どっちかというと、正しい使い方だからね。
「それじゃあ、夜分にゴメンね」
「こちらこそ、ご迷惑をおかけしました」
私とお姉ちゃんが頭を下げると、西島さんは「お休み」と爽やかな笑顔を残して帰って行った。
玄関の鍵をかけて居間に戻ると、私とお姉ちゃんは思わず溜息を漏らした。
「くさい」
急に、寝ていたと思ったお母さんがそう呟いて、身体を起こした。そして、ペンギン枕を凝視する。
「もうッ、お父さんの枕、こんなとこに置かないでよ」
そう文句を言って、お母さんは枕を投げ捨てた。
私とお姉ちゃんは思わず「あッ」と声を漏らしていた。
枕はポフッポフッと柔らかい音をたてて床に転がった。
お母さんは再びソファーに横になると、間もなく寝息を立て始めた。
お姉ちゃんは寝室から毛布を持ってくるとお母さんにかけ、私はこういう時いつも使っている小さいクッションを、お母さんの頭に引いてあげた。
その間、お父さんは微動だにしなかった。
私もお姉ちゃんもかける言葉が思いつかずにいると、おもむろにお父さんがゆっくりと立ち上がった。
そして、スケッチブックのところまで行くと、何事か書き始め、書き終わると私たちに見せた。
(お母さんには だまっておこう)
「どうして? 別に投げられたからって、スネなくていいじゃない。知らなかったんだしさ」
お姉ちゃんの言葉に、私も頷く。
(おこってない ただ お母さんにもまだ じゅようがあるようだから)
じゅよう? 需要と供給の需要かなぁ。
「なにそれ。もしかして、西島さんのこと言ってるの? まぁ、確かに西島さんはお母さんに気がある感じだけど、お母さんはまだ違うんじゃないかな」
そうなの? 全然、気が付かなかった。
(お父さんがいると分かったら お母さんあたらしい人 かんがえられないだろ)
親の恋愛とか、あまり想像したくないなぁ。
「・・・分かった。お父さんのしたいようにすればいいんじゃない。だいたい、もしかしたら明日には消えてるかもしれないわけだし」
「えッ、お父さんっていなくなっちゃうの?」
私は思わず驚いた声で、お姉ちゃんに聞いた。
「幽霊ってそういうもんじゃないの?」
お姉ちゃんが聞き返してくる。知らないよ、初めてのことだし。
(きえたら どうなるのかな?)
お父さんの書く字が震えて歪んでいる。
「やっぱり、天国に行くんじゃない? あッ、地獄の可能性もあるのか」
「大丈夫だよッ。お父さんなら天国に行けるよ」
お姉ちゃんが無神経なこと言うもんだから、私は慌ててお父さんを励ました。
(ありがとう がんばるよ)
何を?
(ところで お母さんこのままで いいのかな?)
そう書いて、お父さんは気持ちよさそうに眠るお母さんを見た。
「大丈夫でしょ。酔って寝ちゃっても、いつも朝には寝室からパジャマで出てくるから」
そう言いながら、お姉ちゃんは台所に歩いていった。
(そうか では お父さんはさきねるよ)
「えッ、幽霊って寝るの?」
私が思わず尋ねると、お姉ちゃんも炭酸飲料片手にこちらを見ていた。
(それはわからないが すごくねむいんだパトラッシュ)
はいはい。生きてる時に、何度か聞いたから覚えてるよ。確か、フランダースの犬のネロが死ぬ時のセリフだったよね。
でも、お父さんはネロでも犬でもなくて、ペンギンだからね。こちらの反応を期待するように、ジッと見られても答える気にはなれないから。
「そうなんだ、おやすみなさい」
私がそれだけ答えると、
(おやすみ)
お父さんはそれだけ書いて、トボトボと居間を出て寝室へと消えて行った。
ちょっと可哀想だったかな。
一瞬そう思ったけど、オヤジギャグは甘やかすとキリがないから、早いうちに潰しておいたほうがいい。
私は自分を納得させて、歯を磨がきに洗面所に向った。




