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日常へ

 チャラい。

 新手の詐欺師にしか見えない。

「やだなぁ。こう見えても本当に死神なんですって」

 私達の心を読んだように、男は軽薄な笑顔を作ってそう言った。いや、どこでも同じ反応をされているから慣れてるんだよ、きっと。

「何か御用ですか・・・」

 お姉ちゃんが慎重な物言いで尋ねた。

 すると、死神は「え?」と声を漏らして不思議そうに首を捻った。

 そりゃあ、死神の用事なんて1つに決まってるもんね。お姉ちゃんももちろん分かってて、ささやかな抵抗を試みたんだろう。

「やだなぁ、僕らの仕事って言ったら、魂が迷わないように案内をすることに決まってるじゃないですかぁ。ねぇ、宗市さん、お待たせしちゃってすいませんね」

 名前を呼ばれたペンギンは、観念したようにゆっくりと死神の方に歩いて行く。

 なに素直に反応してるのよッ。 

 私は慌ててその胴体をつかむと、死神を見上げた。

「死んでから1年も経ってるのに、随分ゆっくりなお迎えなんですね」

 私ができる限りの笑顔を向けると、死神は帽子を下げながら気まずそうな表情をつくった。

「学生さんには分からないだろうけど、仕事って大変なんすよ。ノルマ、ノルマって死なないことをいいことにこき使われて、たまにはミスくらいしますって」

 相当溜まってますね。あの世も世知辛いのかな。でも、今は同情するわけにはいかないの。

「やっぱり、ミスしたんですね。上司に知られたら大変なんじゃないですか?」

 私は一か八か、カマをかけてみた。すると、締りのない表情だった死神の眼光が不意に鋭くなった。

「死神を脅すつもりかな?」

 その辺のヤンキーなんてお話にならない程の恐怖が、全身に震えとなって体を萎縮させる。

 怖い・・・怖いけど、引くわけには行かない。

「滅相もないです。私はただ、1年も過ぎたら数日くらい待ってくれても誤差じゃないかと思うんです。そしたら、私たち家族はあなたにとても感謝します。何なら、証言台にも立てるレベルです」

 話してたら、何か交渉の材料が考えつくかと思ったけど、何の糸口も見つからず着地してしまった。

 どうしよ。何か考えないと・・・

「それ、いいアイデアかもしれないねぇ」

 あれ、クリティカルした?

「それじゃあ、君もついでに連れて行くことにしようか」

 あ、ダメなやつじゃん。

『ダメッ!』

 お母さんとお姉ちゃんが叫びながら、私に抱きついた。そして、お父さんが私と死神の間に立ちはだかる。

 すると、死神が溜息を吐いて肩をすくめた。

「冗談だって。生きた人間を連れてったら、それこそ懲戒免職ものだからね」

 死神をクビになったらどうなるんだろ。フリーターかな・・・何の? 

「じゃあ、1日だけ待ってあげるよ」

「1日だけ?」

「あのねぇ、本来は死神に交渉なんて出来ないからね。これでも、申し訳ないと思ってるから応じてあげたんだから」

「そうなんだ、ありがとう」

「なんか、軽いなぁ。あさってから長期の出張で慌ただしいのに、時間を割いてまた出向いてくるんだけどなぁ」

 もう、男がウジウジとしつこいなぁ。あ、ごめんなさい、多様性の時代だったよね。

「感謝してます」

 私はもう1度、最高の笑顔を向けた。

「嘘くさいなぁ・・・まぁ、いいや。じゃあ、あした同じ時間に迎えに来るから。最後の時間を大切にしなよ」 

 死神は帽子に触れて軽く会釈すると、音もなく廊下に出たと思ったら、その姿が映像だったかのようにかき消えた。

「・・・いなくなったかな」

 お姉ちゃんが小声で囁いた。

「たぶん」

 私とお姉ちゃんは同時に、大きく息を吐いた。

「なんなのよ、わけがわからない」

 お母さんは憤るようにそういった途端、激しく咳き込んだ。おでこを触るとすごく熱い。

「熱高いよ。病院行く?」

「大丈夫よ。薬も飲んだし」

「じゃあ、寝てよ」

 私がそう言うと、ペンギンがヒレでお母さんの背中を擦った。

「ありがとう、そうするわ。宗市さんは着いてきて、お話があるから」

 お母さんの語気が荒い。間違いなくお説教だね。

 寝室に戻るお母さんの後を、ペンギンはトボトボとついて行った。

 


 1時間ほど経って、おかゆをお盆に乗せて寝室をのぞくと、お母さんはスースーと規則正しい寝息を立てて眠っていた。

 布団から出た手には、ペンギンの片ヒレが添えられている。

「・・・お母さん、起きたら教えて」

 小声でそう言うと、ペンギンは小さく前に傾いた。

 私はおかゆを持ったままリビングに戻ると、夕食を作るお姉ちゃんの横まで行って、お盆を置いた。

「寝れたんだ。ずっと声がしてたから、気持ちが高ぶって寝れないんじゃないかと思ったけど、よかった」

「ペンギンが少し、やつれてたよ」

「それは、自業自得だから」

 私とお姉ちゃんは、顔を見合わせて吹き出した。

 その日は、お母さんの看病で終わってしまった。でも、その甲斐あって、朝にはお母さんの熱も下がり、私たち家族はテーブルで朝食をとっていた。

 ペンギンもイスに座り、濃いめに淹れたコーヒーの匂いを嗅いでいる。

「どうしようか。どこか出かける?」

 お姉ちゃんが、パンをかじりながら話しを振った。 

 ちなみに、お姉ちゃんも私も学校をサボった。父親と最後の1日を過ごすためなんて言えないから、学校には風邪だとお母さんに電話してもらった。

 もしかしたら、お母さんに嘘ついてもらって学校休むのは初めてかもね。

「お父さんはどこか行きたい所ある」

 私がそう聞くと、ペンギンはコーヒーカップから体を起こし、動かなくなった。考えているのかな。

 食事を進めながら待っていると、カップの横に置いたスケッチブックを開いて、マジックを走らせた。

(みんなと いえで ゆっくりしたいかな やりたいこともあるし)

「やりたいことって、何?」

 お姉ちゃんが尋ねた。

(せんめんだいの はいすいかんの そうじ)

 あぁ、そう言えば昨日、排水口の水の落ちが悪いって、お姉ちゃん文句言ってた。

「そんなことッ・・・お願いします」

 お姉ちゃん、残り僅かな時間でやることじゃないと言いたかったんだね。でも、やってもらえれば助かるという打算も働いちゃったんだよね。

「いいじゃない。家族水入らずで、のんびり過ごしましょう」

 お母さんはニッコリ微笑んでそう言うと,コーヒーを美味しそうに飲んだ。




 ペンギンは生前のお父さんの工具を使って、排水管の点検から修理までを行った。私は助手として、工具の渡し係を受け持つ。

「これ?」

 ペンギンにマイナスドライバーを差し出すと、頭を洗面台の下の物入れに突っ込みながら、ヒレをパタパタと振った。

 違うようだ・・・。

 話せないペンギンと、工具の知識がない私は最悪の組み合わせだった。お互いに少しイラついていた。

 何とか目的の修理が終わってホッとしていると、ペンギンは私に目配せをして、歩き出した。

 渋々、工具箱を持ってついて行くと、トイレまで来てドアを開ける。すると、ギィーーとドアが嫌な音を立てた。

 そう言えば、いつの頃からか音がするようになってたんだよね。

 ペンギンは私にヒレを差し出す。

 メスですか? 先生。

 私はハンマーを差し出した。すると、ペンギンは明らかに愕然としている。

 冗談よ。さすがにドアの蝶番ちょうつがいを見てたら、十字ドライバーだって分かるわよ。

「これでしょ」

 改めてドライバーを渡すと、ペンギンはネジクギを締め直した。それから、潤滑油を差すとドアを開け閉めする。

 さすがッ、音がしなくなった。やっぱり、こういうことは、お父さんじゃないとダメなんだよね。

 工具をしまうペンギンの背中を眺めながら、私は少し切なくなった。

「お昼できたよッ」

 キッチンから、お母さんの声が響いてきた。

「分かった」

 私が返事を返すと、工具箱をしまってペンギンとリビングに移動した。

 テーブルには、レバニラ炒めがお皿に取り分けられていた。

 当然、お父さんの席の前にもある。ペンギンは嬉しそうにヒレをばたつかせながら、匂いを嗅いでいた。

 良かったね、お父さん。お母さんはちゃんと好物を知っていたよ・・・でも、私は苦手なんだ。

 すると、お姉ちゃんがレバニラの横に、鶏肉とブロッコリーの炒め物を盛り付けたお皿を置いた。

「陽菜、レバー苦手でしょ」

「ありがとう、お姉ちゃん」

 私はお礼を言って、鶏肉をパクついた。うんッ、ニンニクが効いていて美味しいよ。

 そう言えば、レバーを最後に口にしたのに何年前だっけ。味覚も大人になってきてるだろうし、もしかしたらいけたりする?

 私はお皿からレバーを1切れ取ると、恐る恐る食べてみた。

 口に広がるレバーの臭みと、独特の苦味。やっぱり無理だ。

 私は無理やり咀嚼するとお茶で流し込んだ。

「ナイスチャレンジ」 

 お姉ちゃんが笑った。

「確信した。私は一生好きにならないと思う」

 私が断言すると、ペンギンがこちらを見ていて、少しショックを受けているような気がした。

「まぁ、誰にだって好き嫌いはあるわよ。お父さんだって、ゴーヤが食べられないし」

 お母さんがいたずらっぽく笑ってそう言うと、ペンギンは素早くマジックを走らせた。

(あれは たべものではない)

「はいはい」

 お父さんの主張は、お母さんにあっさり受け流されてしまった。

 ペンギンはスケッチブックを、私とお姉ちゃんにも見せてくるが、私たちは料理を見て相手にしなかった。

 ちょっと可哀想なお父さんが面白い。ほんとに、1年前に戻ったみたいだ。あの頃をもっと、大事にすればよかったのかな・・・。

 私はニラレバのニラだけを箸でつまんで食べると、ご飯をかき込んだ。




 時刻は昨日、死神が現れた15時に近づいていた。

 緊張のせいか、自然と会話がなくなっていった。唯一、お父さんだけがスケッチブックに昭和の笑いを何度も書き込むけど、みんな作り笑いを浮かべるだけで精一杯だった。

 そもそも、ギャグ自体面白くないからね。笑ってるのは優しさだから。

 なんか腹立たしさのせいか、涙が出て来た。

 ソファーに座ってうつむいていると、ペンギンがやって来て頭をなでた。

「やめてよ、もう子供じゃないんだから」

 声を詰まらせながらそう言うと、頭から手を離して、背中をさすってきた。

 近づいてきたお母さんが、ペンギンと私を抱きしめた。

「宗市さん、我儘ばかり言ってごめんなさい。私たち支え合って頑張って行くからね」

 お母さんも泣いていた。お母さんの涙なんて、お父さんのお葬式以来だ。

 お姉ちゃんも何も言わず、輪に加わった。

 15時15分・・・30分・・・45分・・・16時。

 何だか抱き合うのに疲れてしまって、そっと離れると各々、ソファーに深く腰掛けた。

 でも、視線だけは掛け時計の針を目で追っていた。

 17時をまわった・・・。

 お母さんがゆっくりと立ち上がる。

「取りあえず、ご飯作ろうかな・・・オムライスでいい?」

「あ、うん」

 私はぎこちなく頷いた。

「私も手伝うよ」

 お姉ちゃんも立ち上がって、キッチンに入って行った。

 残されたペンギンは、リモコンを取ると電源を入れてニュースを見始めた。うん、なんだろうね、この気まずさ。

 18時。食卓に料理が並ぶ。 

 オムライスでは匂いがしないだろうと言うお母さんの配慮で、お父さんの前にはチキンライスと、お昼の残りのレバニラが、レンチンされて置かれていた。

 19時・・・20時・・・。

 お風呂入ったりまったりしていたら、時間が過ぎていた。

「・・・ちょっと疲れてきたから、先寝るね」

 病み上がりだったお母さんは、21時をまわったところで眠そうにそう言った。

「あ、うん。おやすみなさい」

「ゆっくり休んで」

 お父さんも付き合うようで、一緒に立ち上がるとお母さんの後をペタペタとついて行ってしまった。

「・・・夜中に来たら、どうなるんだろう」

 言霊が気になったから、死神とは言わずにお姉ちゃんに話しかけた。

「その時は・・・しょうがないんじゃない」

「まぁ、そうだよね」

 お互いにうなずき合うと、それからなんとなく23時までリビングにいて、それから自室に戻って行った。



 翌朝。スマホのアラームで目が覚めると、ぼんやりする頭で1階に降りると、リビングに入った。

「おはよう、陽菜」 

「おはよ〜〜う」

 キッチンに立つお母さんに挨拶を返すと、目玉焼きを乗せたお皿を、器用に頭に乗せて運ぶペンギン型抱き枕が、通り過ぎていった。

 よかった、取りあえず大丈夫だったんだ。

 ペンギンが片ヒレを私に立てて挨拶してきたので、私も敬礼で返した。

「ねぇ、お母さん。今日、学校どうしたらいいかな?」

 名前の言えないあいつが来るかもしれない。ならば、昨日みたいに家に待機しているべきだと思うの。

「学校に行きなさい。来たらきたで、しょうがないわよ」

 お母さんはさっぱりとそう言って、戻ってきたお父さんの頭に、別のお皿を乗っけた。

「は〜〜い」

 私は諦めて、顔を洗うべく洗面所に向った。

「おはよう」

「おはよう、お姉ちゃん」

 洗面台にはすでにお姉ちゃんがいて、歯を磨いていた。

「1日超えちゃったね。どうなるのかな?」

 言霊にならないよう、お姉ちゃんに小声で聞いた。

「・・・あの見た目の通り、適当なのかもね。忘れたころにやってくるんじゃない?」

 歯を磨きながらだから、言葉が聞き取りにくいなぁ。あッ、でも暗号化されて言霊にならないかも。

 私も歯ブラシに歯磨き粉を乗せて、口に入れた。

「あの時さぁ、今日から長期の出張とか言ってたから、もしかしたらしばらく来られないかもね」

「かもね・・・」

 そうだったらいいな。

 顔を洗ってリビングに戻ると、ペンギンが布巾で床を拭いていた。コーヒーをこぼしてしまったようだった。

「もうッ、どうするのよ、枕に染み込んじゃったじゃない」

 牛乳とコーヒーを運びながら、ペンギンの体に出来た大きな黒いシミをを見て、お母さんが愚痴った。

「洗濯機で、丸洗い出来るのかしら」

「お母さん、お風呂でつけ洗いした方がいいよ」

「そうなの?」

「実証済みだから」

 食事を手早く済ませると、私はペンギンと浴室に行き、お風呂に半分ほど水を張った。

 そして、洗剤を適量入れて、泡が立つまで混ぜる。

「お父さん入って」

 ペンギンが水に飛び込んだが、浮力のため浮いてしまう。そこで、お風呂のふたをペンギンの身体に乗せて沈めた。

 ブクブクと細かい気泡がペンギンの体から溢れ出す。ペンギンの無表情な顔が歪んだ。

「シュールだよ、お父さん」

 私は笑顔でそう言うと、タオルで手を拭いて鞄を背負うと、玄関に向かった。

「行ってきまぁす」

「いってらっしゃい」

 お母さんの声がして、そのあと微かに水の音がした気がした。

 いつまでかは、あの適当さん次第だけど、もうしばらく、この不思議な生活が続きそうだ。

 玄関を出ると、お隣の理久くんが元気よく手を振ってきた。私は大人っぽく優しい笑顔で小さく手を振り返してあげた。


読んでいただきありがとうございました。

見切り発車で描き始めてしまったので、無事に書ききれて良かったです。

また、他のお話を書いているので、投稿しましたら読んでいただけると有難いです。

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