8話
気がつけば年が明け、気がつけば試験の日になっていた。
緊張で手が震え、幼稚園児が塗りつぶしたかのように、はみ出しながらマークシートを塗った。
これで落ちていたらどうしよう。今までの努力がすべて無駄になる。父や母にも顔向けできない。
不安は止まることを知らなかった。
鉛筆を10本ほど用意していたが、不安と緊張で3本の芯を折ってしまった。前半5本、後半5本と決めていたばかりに、まだ7本ほど残っているにもかかわらず、残り2本しかないと勘違いして、さらに緊張が増した。
正直言って、最初から吐きそうだった。腹痛もあった。朝は何も食べられず、水ばかり飲んでいた。だから今、最大限に腹が痛い。なんで朝、何も食べなかったんだ。でも、途中退室はできない。試験が終わったとみなされてしまうから。
腹痛と闘いながら、緊張と不安とも闘いながら、どうにか試験を終えた。
幸いにも、高野がくれた参考書の問題が多く出てくれたおかげで、試験結果は良い方向に向かっていると思う。自己採点でも760点は下らない。ギリギリのラインではあるが、理系よりは文系の方が入りやすいそうだから、なんとかなるかもしれない。
ただ、中川先生曰く、試験は前期と後期に分かれており、後期に重きを置いているらしい。前期で合格したからといって安心していると、後期で落とされることもあるという。
後期の試験は相当難しいらしく、こちらも不安でいっぱいだったが、またしても高野の参考書が的を射ていた。何度も反復練習していたから、解き方がわかる。
もしかして、高野は初めからわかっていて僕に参考書を渡したのか。未来から来たのだから、僕の受験年度の過去問が載っている参考書ばかりを集めることだってできる。だから、渡された参考書は年がバラバラだったのか。今となっては感謝しかない。
季節は流れ、冬が過ぎ去り春の陽気が現れ始めた頃。
今日は合格発表の日だ。
母はわざわざ仕事を休んで、大学掲示板に一緒に見に来てくれた。
僕の受験番号は15712。掲示板は左の方か。
15672。15678。15681。15682。15688。15690。15696。15699。15700。15701。 15703。15707。15708。15712。
あった、僕の番号だ。
嬉しくて涙が出そうになるが、グッと堪えて、これからの人生に初めて期待が持てそうな気がしてワクワクしていた。
隣にいた母は、僕の代わりに大泣きしてくれて、どっちが大人なんだか。受かったのは僕なのに、僕より喜んでくれていた。
こんな母が、あと10年で死んでしまうなんて、それこそ信じたくない。
だが、高野は助けてくれないだろうな。僕だって詳しい死因は知らないし、葬式を開くお金さえなくて、お寺で一人供養してもらった。
今の僕だったら、母を助けることはできるのだろうか。今は変わっているし、母が死ぬ未来も変わっているかもしれない。
今度は、親不孝者にならないように僕も頑張ってみよう。
♢♢♢
僕は見事、最難関とされる大学に合格した。1類だから、法学部に進める。
これで高野の言った通り、警察官僚になって、また彼とどこかで再会できるのだろうか。
彼のおかげで僕の人生が変わったことは確かだ。子供の戯言だと信じず、夢を捨てなくてよかった。
大学に受かったのはいいけれど、地獄はそれからだった。
周りは想像以上に天才で秀才ばかり。凡人の僕が付け入る隙なんてこれっぽっちもなかった。
皆、サークル活動に研究に、時にはバイトも。それぞれ忙しそうにしているが、僕には他をどうにかする時間なんてなかった。大学の勉強についていくのが精一杯だった。
朝早くから前日の復習。家に帰ってからも、その日の復習。そんな日々を繰り返していると、なんでこんなことをしているのだろうかと思ってしまう。
それでも、僕には大きな目標がある。警察官僚になるという目標だ。これを叶えるまでは頑張ってみる。
できるところまでだけど、最悪、官僚になれなくても警察官になれればいいかなとも思っている。高野には悪いけど、僕にだって限界はある。未来の通りになるとは限らない。折衷案で一般警察官になるのもありだ。
だからといって、今の勉強に手を抜いていいわけではない。できるところまでは頑張るんだ。
自分自身に発破をかけたいけど、自分自身の言葉が心に響くこともなく、日々重労働を繰り返していた。
学費などのかかる費用は、高校の時に貯めたお金と、両親からの仕送りでバイト漬けにならずに済んでいる。
もし、父に突っかかったときの僕の言葉通り、学費を自分でなんとかしようとしていたら、貯金は1年経たずに底をついていた。
最難関の大学に受かっただけあって、父の気前がよく、だいぶ助かっている。
父の気が変わったら、バイトをしないと食べるものすらなくなってしまう。まさか都会がここまで色々なものが高いとは思ってもいなかった。
♢♢♢
大学ではさすがに上位にはなれなかったが、中間くらいの成績を収めていて、春が終わりを告げる頃には国家公務員総合職の試験に合格した。
あとは、官庁訪問で採用されるかどうかだけ。
これが結構厄介で、合格率はかなり低い。例年、総合職に合格した人の半分以下しか採用されないのだとか。
大学でも真ん中あたりだった僕。順当にいけば、落とされる可能性の方が高い。
ああ、いやだな。ここまで来て落とされるなんて。
官庁訪問は基本的に面談・面接を行う。うまくいけば1回の訪問で内定が決まり、うまくいかなければ別の官庁を回らないといけない。
幸いにも警察庁は志望者が少ないから、合格する確率は高いかもしれないけど、受かる気がしない。
あいにくの雨と蒸し蒸しとした空気が、余計に淀みを生み、気分を落ち込ませていた。
警察庁の官庁訪問では、面談、面接、また面接、面談と続き、昼休憩では魂が抜けて、何も考えることができなかった。
最初の面談では、人事対応の職員がついてくれていたけど、面接ではエリートとの会話。折れない心を持っている人の方が稀だと思う。ここで、僕もこの人みたいになりたいと思える人が上へと登って行くんだろうな。
だけど、ここで諦めるわけにはいかない。高野との約束もあるし、正反対になった人生を謳歌したい。
よし! と心の中で呟いて、スーツのネクタイを締め直した。トイレの鏡で身だしなみを再度整えて、いざ、後半戦へ。
後半戦ではいきなり面接を突きつけられた。それも、地下2階。今までは人の多い部屋で行われていたけど、足音が響くように聞こえ、他の音が何も聞こえない廊下を歩いていた。人事の人も、途中まではついてきてくれていたけど、地下2階に入った途端に道順だけを教えて上へ戻った。
こんな場所に1人残さないでくれ。ただでさえ心苦しいのに、余計に苦しくなるようなことをしないでくれ。
廊下を突き進んでいくと、面接会場と書かれた張り紙の部屋を見つけた。
人事の人が言っていたのもこの場所だし、丁寧に面接会場と書いてくれているから間違いはない。
面接会場と書かれた紙には小さな文字で(先に中で待っていてください)と書かれていた。
そうは言われても、扉をノックして「どうぞ」と言われたら中に入るものだと思っているから、どうしようか悩む。
覚悟を決めて中に入る。一応ノックもしたし「失礼します」とも言った。
中には誰もおらず、取調室のように机と対面する形で椅子が置いてあった。
壁は無機質な灰色で、時計もない。窓もない。まるで時間の感覚を奪うために設計されたかのような空間だった。
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