6話
小学生に渡された参考書を、毎日朝早くから夜遅くまで、わからないながらも続けていると、父から通信高校へ通うことの許可が下りた。
これで僕も晴れてまた高校生になるのだが、父の説得に時間がかかり、4月からの入学は叶わなかった。代わりに編入試験で合格をもらい、冬の寒さが感じられる10月から、2年生として通信高校に通えることとなった。
だが、これで僕の人生が薔薇色になることはなかった。むしろ、余計に灰色、いや、黒くなった。
通信高校とは、今まで気にしてこなかったから何も知らなかったけれど、玉野みたいな人間しかいなかった。ガラが悪く、一括りにするなら「不良」と呼ばれる生徒しかいなかった。
高校の最後の砦。それが通信高校。
退学になったり、高校に受からなかったり、人生に何かしらの欠点がある人間が通うのが通信高校。
そして、通信高校では決まった制服や公立校のような校則がないから、身だしなみはバラバラで、タバコを持っている者もいる。教師もそれを見て見ぬふりをしている。まさしく無法地帯だった。
僕のようなひ弱な人間は誰一人としておらず、皆屈強な男子だった。共学のはずなのに女子もいない。
当然と言えば当然。こんな野生の猿しかいないところに入りたいなんて思うはずがない。
ただ、幸いなことに通信高校だから、学校に通わなくても大丈夫なのだ。今日は編入の挨拶で訪れているだけで、もう二度と来たくないと思った。今日は学校に来てしまったから、1日この中で過ごさなければならないけれど、明日からは家での勉強に戻る。何よりの平和だ。
不良生徒に絡まれながらも、身を小さくして1日を過ごした。次第に誰からも興味を向けられず、最後の方には大方無視されていた。だが、これでいいんだ。ここの生徒とは関わらない方が身のためだから。
帰り道の秋風は、僕を後押しするかのように強く吹いていた。見慣れない土地での学校生活は、春を感じさせるほど真新しいものであるが、いい気持ちにはなれなかった。
すれ違うスーツを着た男性。他校のセーラー服を着た女子生徒。その中に紛れ込んでいる僕は、まるで異端児のようだった。
世界が窮屈で、全員に後ろ指を刺されているように感じた。
なんで僕だけこんな思いをしなければならないんだ。僕が何を悪いことをした? ただただ、高校生活を営みたかっただけなのに。
世間のことをこれだけ憎んでいるのに、不思議と怒りは込み上げなかった。それよりも、何も反撃できない自分自身への嫌気がただただ増していた。
今まで20年以上も工場で勤めていたのに、ここまで引きこもり体質が高いとは思ってもいなかった。だけど、外に出ること自体は嫌いではない。外の空気を吸うのは好きだ。
そういえば、工場に勤めている時も、帰り道のさまざまな香りが漂ってくるのが好きだった。その匂いによって夕ご飯を選んでみたり、楽しみにしていた。
それなのに、玉野にすべて壊された。今では外に出るのが怖い。また玉野に出会ってしまうのではないか。そう考えてしまう。どこに行くのも周りばかり気にしてしまい、背中を刺されないか心配になっている。
人の笑い声が聞こえたら玉野たち。自転車の音がしても玉野たち。叫び声が聞こえても玉野たち。
ただ歩いているだけなのに、走っているかのように心臓が早く動いていた。
こんなのがずっと続けば、外に出るのも億劫になる。外の空気を吸うのは、窓を開けるだけにとどめておこう。
外に出なくなるのは自然なことだった。
とある平日のこと。父親は仕事で家を空けており、母親は近所の集会に出向いていた時間に、呼び鈴が家の中に響いた。
荷物が来ることなんて聞いていなくて、こんな平日に誰なのだろうかと扉を開けると、扉の前に立っていたのは高野だった。
どことなく怒っているかのような佇まい。この時には何も気づいていなかったが、怒るのも当然のことだと後になって思った。
高野は言った。
「上がらせて」
なんて図々しい奴だと思いながらも、高野を家に上げた。
外は長袖を着ていても寒いくらいの気温になっていて、冬本番を前に風も強く吹いていた。暖かい部屋でずっといた僕も、驚いてしまうほど寒かった。玄関での会話は寒さのあまりできないとも思った。
リビングで話をしていてもいいけれど、母親が帰ってきた時に「この子誰?」と言われて、ごまかして説明するのは無理だと思ったから、2階にある僕の部屋へ案内した。
母が来客用にと隠している茶菓子を1つ拝借し、わけもわからないお茶を出すわけにはいかないので、冷蔵庫に入っている麦茶をレンジで30秒ほど温めて、高野に提供した。
「それで、今日は何の用?」
ぬるい麦茶を一口飲んで、ため息を吐いた高野は言った。
「何で来たのかわからない?」
「ご、ごめん……」
高野はまたため息を吐いて、茶菓子を口にした。一口食べて飲み込んで、こう言った。
「何で持っていかなかったの?」
「な、何を?」
「ビデオカメラ。警察に持っていけば、彼らは退学になって、会うこともなかった。今みたいな生活をしなくて済んだ。日野さんが、今後関わることだってなかったのに」
強い口調で話しながらも茶菓子を全部食べた。そんな高野は、何か反論は? と言いたそうに僕の方を見ていた。
「ぼ、僕だって持って行こうとはしたよ。でも、ビデオカメラなんて僕が持っていたらおかしいって思われるのが普通だよ。それに、僕が殴られている映像を、僕が警察に持っていくなんて、警察の人は信じてくれないよ。適当にあしらって終わりだよ」
何故だか高野の目を見ることはできなかった。気づいた時には、僕の視線は高野の麦茶を見ていた。
そのことに高野も気づいていたのか、麦茶が入ったコップを持ち上げて、顔の前で動きを止めた。
僕の視線もつられて高野の顔まで上がってしまった。
そして高野はこう言った。
「17年。これから17年間、日野さんは彼らに会うことはない。これは未来の日野さんから聞いた話。外に出る度に彼らに怯えていた日野さんが言っている話だから、信ぴょう性はあるでしょ。自分自身を信じられないってのなら話は別だけど」
高野の話が本当なら、僕にとっては何よりも嬉しいことだった。学校を辞めても会ってしまっていたのだから、会わないことを半分諦めていた。
だが、何故17年なのか? 今が17歳だから、また会うのは34歳のはず。それよりも前に会っていたのだろうか? 僕が忘れているわけなんてないのに。玉野の顔なんて忘れるわけがないのに。
高野の言葉に考え込んでいると、高野は休む間もなく言葉を発した。
「日野さんは将来、僕の協力者になるんだ。こんなところで潰れられたら困るんだよ。だから勉強だけは続けて、名門大学に行く。それから司法試験に合格する。その後は国家公務員一般を受けて、警察庁に入庁。僕の知っている未来はここまで。あとは日野さん自身が決めることだよ」
そんなことを言われても……。そう言おうとしていたが、高野は僕よりも力のある声で「じゃあ、帰る」と言い残し、家を後にした。
見送る間もなく颯爽と去っていった高野。入れ違いで母が帰ってきたのだった。
高野が慌てていたのも納得がいったが、何故母が帰ってくることがわかったのか。そして、未来から来た高野は、何故僕ばかりに肩入れするのか。謎はますます深まるばかりだった。
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