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25年前の僕へ、  作者: 倉木元貴


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3/12

3話

 学校に行かなくなって半年以上が過ぎた頃、生徒指導の教師・中川浩一から連絡があり、学校に招待された。だが、僕は断固として学校に行きたくなく、誘いを断った。


 すると中川は僕の家まで来て、母親・中川・僕の三者面談が始まった。

 内容は僕の進路について。

 半年以上も学校を休んでいるとあって、進級するには単位が足りないらしい。今から補習を詰めて行えば、何とかギリギリ進級できるらしい。もし断るなら、学校は退学するしかないと。


 脅しているようだが、今の僕には何の脅しにもならない。これから先の苦労を考えると、学校なんて行かないほうが身のためだ。僕の代わりに誰かがいじめられるかもしれないけど、それは報いだ。今まで見て見ぬふりをした報いだ。これから将来ずっと苦しめ。一度は僕もそう暮らしてきたのだから。同じ苦しみを味わえ。


 中川は僕に何度も学校へ来るように説得していた。だけど、僕はどれにも首を横に振った。ため息を吐いた中川は「また来ます」と言って、今日のところは帰っていった。


 もう来なくてもいい。僕は心の中でそう思った。


 中川が再訪するのは、1週間もかからなかった。


「進級しないとなれば退学となります。どうにか考えを改める気はないですか? 中卒では仕事探しに苦労しますよ」


 中川は知らないだろう。高校を卒業しても、ろくでもない人間は仕事探しに苦労するんだ。見た目が汚い、陰気――そんな理由で平気で不採用を突きつけられるんだ。大事なのは見た目だけであり、高校を出たとか中卒だとかは関係ない。現に、若い女性は顔さえ整っていれば、お茶出ししかできなくても採用される。


 世は初めから格差しかない社会なのだ。 特に僕のような人間は、社会から排除される。

 僕が退学したって困る人間はいない。せいぜい親が近所の体裁を気にするくらいだ。 所詮、僕には関係ないことだ。


 玉野に会わなくていいのなら、学校なんていくらでも辞めてやる。もう二度と関わりたくはないから。

 僕は退学を選択した。


 中川からは、学校を変えることを選択肢にと、最近できた通信制高校のパンフレットを置いていった。


 この一連の行動は、父のいない時間帯に行われた。仕事から帰ってきた父が、母から退学の話を聞いて、僕の部屋に血相を変えて入ってきた。入ってくるなり、胸ぐらを掴んでいつでも殴れるように拳を作っていた。


「お前、どういうことだ! なんで学校を辞めたんだ!」


 顔が赤くなっている。相当怒っているようだ。


「学校が楽しくないから……」


「『楽しくない』だと! お前、学校を遊園地と勘違いしているのか! 学校はな、勉強を学ぶところだ! 遊ぶところじゃないんだ! 何のために高校に通っているのか、もう一度考え直せ!」


 父から殴られることはなかったが、僕はベッドに投げ捨てられた。柔らかい布団を敷いていなかったから、床に転んだ時と同じくらい身体が痛かった。


「父さん、違うんだ……退学はするけど、高校に行かないわけではないんだよ」


「何を言っている。高校を退学したんだろ」


 身体はまだ痛むけど、立ち上がって父の前に立った。


「お父さん、僕を通信高校に通わせてください」


 勢いよく頭を下げた。父は何も言わないから顔を上げると、このタイミングを待っていたかのように、父に頬を殴られた。


「この馬鹿者が! 通信高校なんて通わせるわけないだろ! 日野家末代までの恥だ! 今すぐ高校に謝って、もう一度通えるようにするんだ!」


 耳を覆いたくなるくらい大きな音を立てて扉を閉めた父。居場所がわかるくらいドスドスと音を鳴らして階段を降りていった。


 僕のせいで母が何か言われるのだろうか。隣で聞いておきながら、最後は僕のことを否定しなかったから。そうだったら、さすがに可哀想だな。責任は僕にしかないのに。


 何よりも今は父の説得だ。父が納得しない限り、僕は通信高校にも通えない。独学で勉強しても、高校は卒業しないと大学には行けない。大学に通いたいって言っても、また怒られそうだ。費用はできるだけ自分で工面できるように、どこかでバイトでもしようか。雇ってくれるところがあればだけど。親からの小遣いなんて雀の涙ほどだから、貯めたって教材を買えば全部吹き飛ぶ。やはりバイトはしないと。短期から長期まで、できることはすべてしよう。


 父の説得に鍵となるのは勉強だと思う。だから、勉強は続けるということをアピールできたら、父を説得できると思う。学校の教科書と参考書を少々用意して、毎日勉強を繰り返す。その姿を父に見せて、納得せざるを得ない状況を作り出す。


 早速勉強に取り掛かろうと学校の教科書を開いた。だが、書いてあることが何も理解できなかった。見た目は高校生でも、中身は20年以上学業に関わっていない42歳だ。歴史や英語の単語、数学の公式、何一つ思い出せない。


 こんなのでどうやって父に勉強している姿を見せるっていうんだ。教科書を眺めているだけなんて、誰が勉強していると感じるんだ。


 どうするか。教科書に書いてあることをノートにそのまま書き写すか。いや、ノートを見られた時に、ろくに勉強していないことがバレてしまう。誰か教えてくれる人……僕にはそんな人はいない。この時代、パソコンを持っている家庭はほとんどない。未来みたいに、スマホで検索すればすぐに何でも教えてくれるわけではない。


 そうだった……僕って勉強できなかったんだ。ずっと学年の底辺で、意味がないことだって決めつけて。


 これこそ、身から出た錆じゃないか。


 何もできないのは、何もしてこなかったからだと気づいてしまった。社会不適合者だと笑われるのは当然だ。


 自分自身に嫌気がさして、布団に包まった。誰かに泣いているところを見られたくないから、必死に息を殺して涙を流した。


 気がついた時には眠っていた。

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