14話
警察庁長官官房室の窓から、ビルに囲まれた空を見ていた。
雲一つない青空だったが、どこか窮屈だ。そして今の僕の心も、窮屈だ。空とは違って、心は曇りがかっている。あれから晴れた心はもたなくなった。
上野の調査は、あれから全て打ち切られ、僕を陥れた佐久間は行方不明。他の調査員も、何も話さないまま、地方へと移動になった。
僕自身も、あの夜のスタンガンの衝撃を境に、何かが変わった気がする。
それは身体ではなく、心の奥底──“正義”という言葉への信頼だった。
「彼らには関わるな」
長官の言葉が今でも頭に流れてくる。あの言葉は、命令であり、警告だった。そして、僕はその言葉に従った。従うしかなかった。警察官であるために。
僕は、警察庁長官官房長として、日々の任務と業務を淡々とこなしている。
会議、報告、式典、視察。
誰もが僕のことを成功者と呼ぶ。無名高校を卒業して、一流大学に合格したから。
だが、僕自身は、そうは思えなかった。
僕の人生は、誰かに設計されたものだった。そうでないとおかしな点が多々ある。
まずは、昇格のスピード。いくら総合職といえど、高校中退歴のある僕が、他と同じスピードで昇格するのはあり得ない。それに、いくつかの事件を捜査してきたが、昇格に値する大きな事件ばかりが、タイミングよく起こった。それなのに、致命的に証拠を残しており、事件はあっさり解決した。こんなことが何度もあった。その時から違和感はあったけど、それよりも目の前の業務に気を取られて、違和感を置き去りにしてしまっていた。
あの少年──上野一也。
未来から来たと語った彼は、僕に道を示した。何の証拠もないのにつけ上がったのは僕だった。参考書を渡され、証拠をもらい、進路が明示された。
僕はそれに従った。
もちろん努力はした。
警察官になり、犯罪者を裁いた。
玉野たちを逮捕し、数々の事件を発覚させた。
だが──それは、本当に、僕の意思だったのか?
僕は机の引き出しから、1枚の紙を取り出した。
それは、玉野に殺された時に自分が書いたメモだった。
死の間際、首に縄を巻かれながら、心の中でつぶやいた言葉。
「25年前の僕へ、あの時、自殺することを考えて怖くなって諦めていたが、あの時に死んでおくべきだった。25年経っても、いいことなんて何一つなかった。早く終わりにするのが正解だ」
この言葉を、今の僕はどう受け止めるべきなのか。
あれから、なぜか過去に戻ったが、僕は生き延び、代わりに玉野が死んだ。僕は、社会的な成功者になった。
だが、心の奥には、空洞がまだ残っている。
正義は誰かの顔色を伺うものだった。
世の中の真実は、都合のいい形に加工されていた。
そして僕は──その歯車の一つに過ぎなかった。
「25年前の僕へ」
僕は心の中で静かに語りかける。
君は死ななかった。怖くて踏み出せなかった。
それは、弱さだったのかもしれない。
でも、君が生きたことで、誰かを裁く力を得た。
それが正しかったのかどうかは、今でもわからない。
だが、君が生きたことで、誰かの人生を終わらせることができた。
それが“正義”だったのか、“復讐”だったのか──それもわからない。
僕は警察庁長官官房室の窓から、外を見つめる。
遠くに、ランドセルを背負った少年が歩いているような気がした。幻覚かもしれない。だが、僕はその姿に、かすかな微笑みを浮かべた。
「25年前の僕へ、
君は死ななかった。
だから僕はここにいる。
それだけは確かだ」
内線電話が鳴った。刑事局からの緊急電話だった。
テレビ局で、テロ類似案件が発生したと連絡があった。
組織犯罪であり、犯人たちは、テレビ局で立てこもりを行い、テレビで事件現場を放送しているとも報告があり、官房室のテレビをつけた。
そこに映し出されていたのは、野上也一という、最近話題の作詞作曲家であり、プロデューサーも務めて、クイズ番組でも天才的に力を発揮するとあって、各テレビ局で引っ張りだこ。どのテレビをつけても、CMでも彼のことを見ない日はない。
僕も顔を知らないわけじゃなかったけど、テレビに映し出されている姿は、テレビや広告で見る野上ではなく、まるで上野一也だった。
ああ、そうか。なんで気が付かなかったんだ。こんな簡単な仕掛け。
野上也一って……入れ替えると、“上野一也”じゃないか。
テレビを見ていた官房室内で、僕は大きく笑ってしまった。同じ部屋にいる審議官や参事官からは、白い目で見られていた。
こんなの、おかしくなるに決まっている。
どこまで彼の仕組まれた世界で、僕は生きているんだろう。この先もきっと、彼が作り上げたレールの上を走っていくのだろうな。
また内線電話が鳴った。今度は警備局からだった。
テロ事件が発生したとあって、警察庁内でも緊急会議が開かれることになったのだが、警備局職員やSPがついていたにも関わらず、警察庁長官、警察庁次長の2人が行方不明になっていると。
つまり、会議のトップは僕だということだ。
上野一也──僕の正義を果たす時が来た。
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