12話
違和感を覚えながらも異動で警察庁に戻り、刑事企画課の課長補佐をしていた頃だった。
デスクで捜査二課長として指揮をとった、玉野の事件の報告書を読み返していた。
あの頃は、気分が高揚して、違和感に気づけなかったが、今ならわかる。裁判から死刑の執行までの期間が短すぎだ。それに、裁判期間も通常の裁判に比べて優先されている。
確かに、当時の世間の目は、玉野の裁判に向いていたが、世論感情に裁判官が流されたとも思えない。
法務大臣“小林正志”この人物をあたってみてもいいかもしれない。
引き出しには、まだあの時のビデオカメラが残っている。高野に貰ったビデオカメラ。全ての始まりはこのビデオカメラ。
「正義は……果たされたのか……」
天井を見上げる。無数の黒い模様が、何か大事なものを隠している気がした。
死刑執行の報告書を読み終えた後、長い沈黙の中で天井を見つめ、あることを決意した。
違和感は確かにあった。だが、それ以上に、胸の奥にこびりついた違和感が消えなかった。
あまりにも早すぎた。
逮捕から5か月。控訴も上告も棄却され、刑が執行された。
日本の司法制度では、死刑確定から執行までに何年もかかるのが常識だ。
それが、まるで誰かに言われたかのように、異例の速さで進んだ。
「……何かがおかしい」
報告書の下に記載されていた名前に目を留めた。
法務大臣 小林正志。
初入閣で法務大臣を任された逸材。議員時代は法改革に取り組んだとされる人物。就任期間は、1月14日から9月2日まで。8月28日に執行された死刑は、最後の仕事になったわけだ。執行翌日に、総理大臣より、内閣の解散を告げられたのだから。
何をそんなに急いでいる。他にも執行すべき死刑囚はいたというのに、何故、玉野らだったのか。
彼の経歴をもう一度調べ直す必要がありそうだ。
これだけの大事件。資料という資料は保管こそされているが、量が多くて照会も人目につく。あまり頼りたくないが、井上警視長を頼ってみるか。
同じ警察庁内の警備局に勤務する上司、井上警視長にことを報告した。
井上警視長の便宜もあり、警備局へ異動を行い、井上警視長の指揮のもと、秘密裏に捜査する機関が作られた。
警察庁のデータベースを元に、小林の捜査が始まった。まずは彼の身辺から。大臣経験者だということもあり、家族構成などは、詳細にデータベース化されていた。経歴や、過去の言動まで、隅々まで調べたが、怪しい点は1つもない。ただ、一つ、1枚の写真が見つかった。それは警察庁に残されていた物ではなく。大臣時代に週刊誌が捉えた写真だった。一見すると何の変哲もない写真だけど、小林と写っているのは、ランドセルを背負っている小学生。顔に見覚えがあった。
大臣御用達の高級料亭に招待されている写真。
もしこの写真に映る人物が、あの時の小学生なら、全て彼の手のひらで踊らされていたということ。
こんなことを話しても誰も信じない。これだけは1人で調べよう。
小林の周辺を探って、過去に接触していた小学生を探した。だが、付いていたSPも、小学生とは会ったことはなく、顔も覚えていないと。料亭の女将に話を聞きに行くと、女将は小学生と会話をしており、何となくは覚えていると。ただ、重要な情報は何も引き出せなかった。女将は終始、大臣の子供だと思っていたそうだ。名前も、呼んでいたような、いなかったような。そんな曖昧な言葉しか返ってこなかった。
捜査は振り出しに戻った。
全国には無数の小学校がある。一つひとつしらみつぶしに小学校をあたるのは得策ではない。
大臣と小学生があっていたのが、都内の料亭だから、都内の小学校に絞ってもいいのか。だが、僕の地元で会った高野に似ている。
悩んでいると、井上警視長に呼び出された。
「日野君。捜査の方は進んでいるかね」
「は、はい……順調ではありませんが、着実に進んでいます」
「何か他の用事でもあるのかね」
井上警視長は全てお見通しなのか。
「じ、実は……」
井上警視長にだけは全て話した。過去のこと、高野のこと。
到底信じることのできる話ではないが、井上警視長は何も言わずに、暫定的に作った僕の資料に目を通した。
「この小学生は?」
「は、はい。今調べていますが、まだ特定はできていません」
「名前だけでいいのなら、文部科学省に照会すればいい。データくらいなら取っているだろう」
そんなこと、僕には思いつきもしなかった。
「わかりました。すぐに照会をかけます」
文部科学省には、非行少年という程で小学生の顔を照会かけた。
似ている顔がいくつも映し出され、性別を男に絞り、年代を1990年から2010年に絞った。これでもまだ無数にいるが、週刊誌が撮ってくれている写真を、さらに詳細な照会にかける。
絞られた人数は、29人。そのうち僕が見て明らかに違う14人を除いた15人。
さすがに似ている顔が多すぎる。年代でもっと絞り込むことができたら。
ふと思った。高野がくれた本は大抵が2009年のものだった。つまり、2009年。この時代に小学生だった者を軸に探したらいいのではないか。
2003年から1997年生まれの小学生。
映し出されたのは3人の小学生。その中に、高野和成という人物は存在しなかった。代わりに……。
「上野一也……」
僕は、初めから、彼の手のひらで踊らされていたんだ。
「上野一也……読み方を変えたら上野一也になるじゃないか」
上野の地元は、僕の地元とは少し離れているが、橋を渡ったその先。小学生が移動するには距離があるが、できない距離でもなかった。今はちょうど高校1年生。接触できなくもないが、大臣が直接会っていた人物。高校生だと甘く見たら、痛い目を見るのか。それとも、鬼が出るのか。
上野の存在を班員に共有し、上野と小林の調査を始めた。
調査が始まってから、1週間後。刑事局から極秘の情報が入った。それは、元法務大臣の小林正志衆議院議員が、都内の自宅で、亡くなっているのが家族によって発見されたというものだった。
ベッド上で亡くなっており、外傷もなく、病死の可能性が高いと。だが、持病はなく、病院にも罹ってはいなかった。
突発的な心臓発作。検死の結果も、司法解剖でも結果は同じだった。
だが、おかしい。タイミングが良すぎる。まるで、小林との接触を阻止されたような。まるで、これ以上探るなと言っているような。
警告のつもりかもしれないけど、僕だって引き下がることはできない。
上野……君が何者なのか。君には正義があるのか。僕をここまで育ててきたのは、君でもあるのだから、僕は責任を果たす。
井上警視長の指揮のもと、上野一也という人物の調査がより深く行われた。
出身病院から診療履歴、防犯カメラを使った行動履歴、全て調べたが、何もおかしな点はなかった。至って普通の目立たない学生。まるで、昔の僕を見ているようだった。
班員を3人彼の元に配置して、詳しく行動を監視してもいたが、彼は、家と学校を往復するばかりで、交友関係も悪くはないが、休日も外に出ることは少なかった。
彼の家族も経歴を辿った。父親には、過去に暴走族に所属しており、犯罪歴があったものの、書類送検のみの軽微。父親母親共に道路交通違反の罰金刑は何度かあったが、納付も短期間に行い、減点などもなかった。
家族関係も良好で、買い物に出かけたり、庭でキャッチボールをしていたり、不審な点は何1つ見られなかった。
ただ、疑問に思うことは一つだけあった。
彼は、2ヶ月に1回、陸上自衛隊幹部職員と接触をしている。話の内容を盗聴した班員によると、彼は自衛官を目指していると思われ、勧誘を受けているだけだったと。だが、そんなに何度も話を聞かなくてもいいのではないか。それだけ、夢に真っ直ぐだと言われればそうかもしれないが、違和感は拭えなかった。
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