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25年前の僕へ、  作者: 倉木元貴


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12/16

12話

 違和感を覚えながらも異動で警察庁に戻り、刑事企画課の課長補佐をしていた頃だった。

 デスクで捜査二課長として指揮をとった、玉野の事件の報告書を読み返していた。

 あの頃は、気分が高揚して、違和感に気づけなかったが、今ならわかる。裁判から死刑の執行までの期間が短すぎだ。それに、裁判期間も通常の裁判に比べて優先されている。

 確かに、当時の世間の目は、玉野の裁判に向いていたが、世論感情に裁判官が流されたとも思えない。

 法務大臣“小林正志”この人物をあたってみてもいいかもしれない。


 引き出しには、まだあの時のビデオカメラが残っている。高野に貰ったビデオカメラ。全ての始まりはこのビデオカメラ。


「正義は……果たされたのか……」


 天井を見上げる。無数の黒い模様が、何か大事なものを隠している気がした。


 死刑執行の報告書を読み終えた後、長い沈黙の中で天井を見つめ、あることを決意した。

 違和感は確かにあった。だが、それ以上に、胸の奥にこびりついた違和感が消えなかった。


 あまりにも早すぎた。

 逮捕から5か月。控訴も上告も棄却され、刑が執行された。

 日本の司法制度では、死刑確定から執行までに何年もかかるのが常識だ。

 それが、まるで誰かに言われたかのように、異例の速さで進んだ。


「……何かがおかしい」


 報告書の下に記載されていた名前に目を留めた。


 法務大臣 小林正志。


 初入閣で法務大臣を任された逸材。議員時代は法改革に取り組んだとされる人物。就任期間は、1月14日から9月2日まで。8月28日に執行された死刑は、最後の仕事になったわけだ。執行翌日に、総理大臣より、内閣の解散を告げられたのだから。

 何をそんなに急いでいる。他にも執行すべき死刑囚はいたというのに、何故、玉野らだったのか。

 彼の経歴をもう一度調べ直す必要がありそうだ。

 これだけの大事件。資料という資料は保管こそされているが、量が多くて照会も人目につく。あまり頼りたくないが、井上警視長を頼ってみるか。

 同じ警察庁内の警備局に勤務する上司、井上警視長にことを報告した。

 井上警視長の便宜もあり、警備局へ異動を行い、井上警視長の指揮のもと、秘密裏に捜査する機関が作られた。

 警察庁のデータベースを元に、小林の捜査が始まった。まずは彼の身辺から。大臣経験者だということもあり、家族構成などは、詳細にデータベース化されていた。経歴や、過去の言動まで、隅々まで調べたが、怪しい点は1つもない。ただ、一つ、1枚の写真が見つかった。それは警察庁に残されていた物ではなく。大臣時代に週刊誌が捉えた写真だった。一見すると何の変哲もない写真だけど、小林と写っているのは、ランドセルを背負っている小学生。顔に見覚えがあった。

 大臣御用達の高級料亭に招待されている写真。

 もしこの写真に映る人物が、あの時の小学生なら、全て彼の手のひらで踊らされていたということ。

 こんなことを話しても誰も信じない。これだけは1人で調べよう。

 小林の周辺を探って、過去に接触していた小学生を探した。だが、付いていたSPも、小学生とは会ったことはなく、顔も覚えていないと。料亭の女将に話を聞きに行くと、女将は小学生と会話をしており、何となくは覚えていると。ただ、重要な情報は何も引き出せなかった。女将は終始、大臣の子供だと思っていたそうだ。名前も、呼んでいたような、いなかったような。そんな曖昧な言葉しか返ってこなかった。

 捜査は振り出しに戻った。

 全国には無数の小学校がある。一つひとつしらみつぶしに小学校をあたるのは得策ではない。

 大臣と小学生があっていたのが、都内の料亭だから、都内の小学校に絞ってもいいのか。だが、僕の地元で会った高野に似ている。

 悩んでいると、井上警視長に呼び出された。


「日野君。捜査の方は進んでいるかね」


「は、はい……順調ではありませんが、着実に進んでいます」


「何か他の用事でもあるのかね」


 井上警視長は全てお見通しなのか。


「じ、実は……」


 井上警視長にだけは全て話した。過去のこと、高野のこと。

 到底信じることのできる話ではないが、井上警視長は何も言わずに、暫定的に作った僕の資料に目を通した。


「この小学生は?」


「は、はい。今調べていますが、まだ特定はできていません」


「名前だけでいいのなら、文部科学省に照会すればいい。データくらいなら取っているだろう」


 そんなこと、僕には思いつきもしなかった。


「わかりました。すぐに照会をかけます」


 文部科学省には、非行少年という程で小学生の顔を照会かけた。

 似ている顔がいくつも映し出され、性別を男に絞り、年代を1990年から2010年に絞った。これでもまだ無数にいるが、週刊誌が撮ってくれている写真を、さらに詳細な照会にかける。

 絞られた人数は、29人。そのうち僕が見て明らかに違う14人を除いた15人。

 さすがに似ている顔が多すぎる。年代でもっと絞り込むことができたら。

 ふと思った。高野がくれた本は大抵が2009年のものだった。つまり、2009年。この時代に小学生だった者を軸に探したらいいのではないか。

 2003年から1997年生まれの小学生。

 映し出されたのは3人の小学生。その中に、高野和成という人物は存在しなかった。代わりに……。


上野一也うえのかずや……」


 僕は、初めから、彼の手のひらで踊らされていたんだ。


「上野一也……読み方を変えたら上野一也こうのかずなりになるじゃないか」


 上野の地元は、僕の地元とは少し離れているが、橋を渡ったその先。小学生が移動するには距離があるが、できない距離でもなかった。今はちょうど高校1年生。接触できなくもないが、大臣が直接会っていた人物。高校生だと甘く見たら、痛い目を見るのか。それとも、鬼が出るのか。

 上野の存在を班員に共有し、上野と小林の調査を始めた。


 調査が始まってから、1週間後。刑事局から極秘の情報が入った。それは、元法務大臣の小林正志衆議院議員が、都内の自宅で、亡くなっているのが家族によって発見されたというものだった。

 ベッド上で亡くなっており、外傷もなく、病死の可能性が高いと。だが、持病はなく、病院にも罹ってはいなかった。

 突発的な心臓発作。検死の結果も、司法解剖でも結果は同じだった。

 だが、おかしい。タイミングが良すぎる。まるで、小林との接触を阻止されたような。まるで、これ以上探るなと言っているような。

 警告のつもりかもしれないけど、僕だって引き下がることはできない。

 上野……君が何者なのか。君には正義があるのか。僕をここまで育ててきたのは、君でもあるのだから、僕は責任を果たす。


 井上警視長の指揮のもと、上野一也という人物の調査がより深く行われた。

 出身病院から診療履歴、防犯カメラを使った行動履歴、全て調べたが、何もおかしな点はなかった。至って普通の目立たない学生。まるで、昔の僕を見ているようだった。


 班員を3人彼の元に配置して、詳しく行動を監視してもいたが、彼は、家と学校を往復するばかりで、交友関係も悪くはないが、休日も外に出ることは少なかった。

 彼の家族も経歴を辿った。父親には、過去に暴走族に所属しており、犯罪歴があったものの、書類送検のみの軽微。父親母親共に道路交通違反の罰金刑は何度かあったが、納付も短期間に行い、減点などもなかった。

 家族関係も良好で、買い物に出かけたり、庭でキャッチボールをしていたり、不審な点は何1つ見られなかった。


 ただ、疑問に思うことは一つだけあった。

 彼は、2ヶ月に1回、陸上自衛隊幹部職員と接触をしている。話の内容を盗聴した班員によると、彼は自衛官を目指していると思われ、勧誘を受けているだけだったと。だが、そんなに何度も話を聞かなくてもいいのではないか。それだけ、夢に真っ直ぐだと言われればそうかもしれないが、違和感は拭えなかった。

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