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25年前の僕へ、  作者: 倉木元貴


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11話

 2011年3月18日。午後4時36分。

県警本部の捜査一課・二課・三課、組対四課合同捜査本部。

 僕は太田と共に、指揮席に座り、モニターに映し出される廃倉庫を見つめていた。

 僕が殺された廃倉庫。玉野らは捕まることを恐れて立てこもっている。捜査一課の協力でSITを派遣した。


「各班、配置につきました」


 無線から流れる声。


「ご苦労。これより指揮は、各班班長に映るとする」


 隣で太田が言う。


「了解」


 無線が途切れると太田がまた言う。


「いよいよだな」


「ああ……」


 僕の声は震えていなかった。

 いや震えてはいけなかった。これは俺の復讐じゃない。正義の行いだ。

 そう言い聞かせていた。


 突入の合図は、現場を見守っている隊員の発煙筒。

 時が来るのを静かに待っていた。

 心臓が静かに脈を打つ。冷静さを装っていたが、指先は震えていた。

 僕は、過去と向き合うためにここまできた。この瞬間のために17年もの時間を費やした。


 玉野の捜査は長かった。

 表向きは、貿易会社。だが、裏では全国規模の詐欺グループを組織していた。

 恐喝、横領、麻薬取引、殺人。手口は巧妙で、確実な証拠があるのは手先として使われていた人物ばかりで、本人には証拠がなかった。


 だが、僕には証拠があった。

 17年前、あの小学生。高野和成から渡されていたビデオカメラ。実家に帰ったときに何気なく見返してみると、僕のいじめの動画の続きに、玉野が自らの足で麻薬取引を持ちかけている証拠映像が映し出されていた。

 当時まだ高校生だと言うのに、刺青を入れた大人と取引をしている。

 すぐさま僕は、組織犯罪対策四課に取引相手の照合をかけた。

 帰ってきた結果には、予想していた通り、ヤクザの構成員であることが記載されていた。


 これは大きな証拠になり得る。ただ、麻薬取引は、厚生労働省、マトリの管轄。逮捕しても、捜査権はマトリに移る。他の罪状で逮捕をしなければ……。

 1つあった。

 この動画。僕をいじめている証拠。これは17年前のものだが、証拠として活用はできる。この時僕は顔に傷を負った。そして、買った本を取られている。強盗致傷で逮捕ということにすれば、15年の公訴時効。当時は16歳であり、18歳未満の場合は、18歳になるまでの期間が時効として有効。つまり、あと2ヶ月、時間が残っている。

 これはギリギリになりそうだ。


 高野のビデオカメラを証拠に、捜査一課は、玉野ら3人の逮捕状を裁判所に請求した。

玉野らを逮捕するために、営んでいる貿易会社を訪ねたが、すでにもぬけの殻だった。

 僕は県内全域に緊急配備を敷いた。

 そして太田から一報が入った。玉野逮捕に向かった捜査員が、設置されていた爆弾によって負傷したと。

 捜査一課は新たに、公務執行妨害で逮捕状を請求。捜査二課も、玉野には横領、公文書偽造の容疑で、村山には詐欺の容疑で逮捕状を請求。捜査三課は窃盗罪で、組対四課は、玉野と取引のあったヤクザを逮捕し、玉野の情報を吐かせ、マトリと共に麻薬取締法違反の容疑で逮捕状を請求。

 残るは本人たちの身柄。

 県内の至る所に検問を設置し、前捜査員に顔写真を共有したことによって、玉野らは、廃倉庫に立てこもっていることが発覚した。


 午後4時40分。

 モニターに発煙筒の煙が映った。

 暗くなり始めた空に、閃光弾の光が差し込んだ。


 午後4時42分。

 無線に一報が入る。


「容疑者3名確保しました」


 僕は、静かに目を閉じた。

 あの日の記憶が蘇る。縄で首を絞められたあの記憶が。

 だがいま、僕はその場所に立ち、指揮を執って いる。


「……ご苦労であった」


 その言葉には、過去の僕への弔いの言葉でもあった。


 逮捕から約2ヶ月。玉野ら3人の初公判が開かれた。罪状は多岐にわたる。詐欺、公文書偽造、恐喝、強制性交、暴行、麻薬取締法違反、公務執行妨害、殺人。

 捜査の過程で、余罪が思っている以上にあることが発覚し、情報量の多さから捜査はさらに難航したものになるが、時間は僕らを待ってくれない。48時間以内に送検を行わなければならない法律から、捜査二課は公文書偽造でまずは書類送検。その後、詐欺の容疑で再逮捕。 本来なら身柄を検察に送致しなければならないが、罪状が多すぎるあまり、検察官が警察署を訪れて、連日取り調べを行うことになった。

 捜査一課でも捜査は難航したようで、新たに、5件の殺人容疑が追加された。


 そんな玉野らの初公判から2週間。判決で、裁判長は、説論から始めた。


「『人間は誰でも、心の中に鬼を持っている。』この言葉は、私たちが持つうちなる衝動、欲望、怒り、嫉妬といった負の感情を象徴しています。しかし、その鬼を制御する理性こそが、人間を人間たらしめるものです。鬼を持つことは罪ではありません。ですが、その鬼に心を支配され、他者の命を奪った時、その責任から逃れることはできません。被告人は、計画的かつ冷静に犯行に及びました。衝動的な感情ではなく、準備された殺意。これは『鬼に感情を支配された』のではなく『鬼と共に歩んだ』行為です。被害者は無抵抗であり、逃げる術もなかった。被告人は、犯行後も反省の言葉を口にせず、自己正当化を繰り返していた。社会に対する危険性は極めて高く、更生の可能性は著しく低い。私たちは、誰もが鬼を持つことを認めつつ、それを制御する努力を社会の中で共有しています。もしも、鬼を理由に罪が許されるのであれば、社会は崩壊します。あなたが人を殺すのには、簡単な決断で可能ですが、私どもは非常に重い決断をしなければなりません。死刑とは、法治国家が最後に下す『理性による制裁』です。これは復讐ではなく、社会の安全と倫理の維持のための決断です。『鬼を持つことは人間の本質。しかし、鬼に従った者は、人間の責任を果たさなければならない』──よって、被告人に対し、“死刑”を言い渡す」


 法廷に緊張が走った。傍聴席からは小さなざわめきが起こり、すぐに静寂が戻る。

 玉野ら3人は、無表情のまま判決を聞いていた。だが、その瞳の奥には、なおも反省の色は見えなかった。


 報道各社は「凶悪犯死刑確定」と号外を打ち、世間は異例の速さに驚きを覚えていた。

だが僕は──静かだった。長い年月をかけて積み上げた証拠と捜査が、ようやく結実しただけのこと。歓喜よりも、ただ静かな安堵が胸に広がっていた。


 8月28日午後4時30分。

 小林正志法務大臣の命令で、玉野ら3人の死刑が執行された。


 刑務官の報告を受けた瞬間、僕は深く息を吐いた。

 17年前のあの日、縄で首を絞められた記憶。あの廃倉庫で味わった絶望。

 それらは決して消えることはない。だが、正義は果たされた。

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