16 二人は甘すぎますね
盛大な結婚式が終わった夜。
王城の大広間にはまだ花の香りが残り、祭りの余韻を思わせるざわめきが遠くから届いていた。
王都中の民が見守る中での婚礼。
王であるユリウスと、聖者レオンハルトの結びつきは、国の未来を象徴する出来事だった。
鐘の音、舞い散る花びら、溢れる歓声。
そして遠方から放浪の聖者セイラも駆けつけ、二人を祝福した。
全てが夢のようで、当の本人――ユリウスは現実感を持てないまま自室に戻ってきた。
「……あぁ、恥ずかしくて死にそうだ」
正装のままベッドに倒れ込み、顔を真っ赤にして呻く。
民衆の前で誓いの口づけを交わすなど、冷静でいられるはずがなかった。
「死ぬなよ」
隣に腰を下ろしたレオンハルトが肩をすくめて笑った。
「これから毎日、お前のその可愛い照れ顔を拝めなくなってしまうからな」
「か、可愛いって言うな! 王に向かって何を……」
ユリウスは慌てて枕を掴み、彼に投げつけた。
だがレオンハルトは軽く受け止め、そのまま腕を伸ばしユリウスを抱き寄せた。
「俺の王様。今夜からは俺の夫でもあるんだ。逃げられないぞ」
「なっ……! ば、馬鹿っ」
暴れる腕もすぐに力を失い、胸の奥から溢れてくる安心感に目を閉じた。
今日の一日がどれほど大変であっても、最後に隣に彼がいる――それだけで、全てが報われる気がした。
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翌朝。
窓から差し込む柔らかな光に目を覚ますと、レオンハルトが椅子に腰掛け、じっとこちらを見つめていた。
「……なに、人の寝顔をじろじろ見てるんだ」
「可愛かったから。おまけに寝言まで聞かせてもらった」
「……!」
嫌な予感がしたユリウスが身を起こす前に、彼は口角を上げる。
「『レオン、バカ……』って」
「う…….…っ!! 言うなぁっ!」
真っ赤になって枕を振り上げると、タイミング悪く部屋の外から控えめな声がした。
「……あの、朝食の用意ができております、陛下」
ルカだ。声がわずかに震えている。
おそらく今の会話を聞かれてしまったのだろう。
「おーい、ルカ。陛下はまだ新婚の余韻に浸ってるからな」
「れ、レオン! やめろっ!」
慌てて口を塞ごうとしたが遅かった。
廊下から「……承知いたしました」という小声が返り、気配が遠ざかる。
想像するだけで恥ずかしい。
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昼下がり。
城内を歩けば、兵士や侍女たちから笑顔で祝福の声がかけられる。
「聖者殿、王様、どうか末永く」
「お二人なら、この国は未来永劫安泰です!」
レオンハルトは堂々と手を振り、笑顔を返す。
その姿に兵士たちの士気は一層高まり、侍女たちは頬を染めた。
対してユリウスは、耳まで赤くしながら小さく頷くしかできない。
王としての自信はあるのに、“レオンハルトの夫”としての自覚はまだ追いつかないのだ。
対して、何でも上手くこなしてしまうレオンハルト。
ユリウスは、自分の不甲斐なさに、しばしばため息をつく。
そんな彼に、レオンハルトがわざとらしく耳打ちする。
「俺に嫉妬してる?」
「し、してないっ!」
即答するも声は裏返り、周囲の兵士たちは堪えきれず笑いを漏らす。
「……羨ましいくらい幸せそうですね」
横でロイがぼそりと呟き、ルカが真顔で頷いた。
「国の未来は安泰です」
「ええ、本当に」
からかわれているのか本気なのか分からず、ユリウスはさらに赤くなる。
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夜。
月明かりに照らされた庭園で、二人は肩を並べて歩いていた。
「ユリウス、お前と一緒なら、どんな災厄も恐くない」
レオンハルトが真剣な眼差しで言う。
「……レオン、お前がいるなら、私は、この国をずっと守っていける」
ユリウスも同じように応える。
互いに支え合える存在であることを、心から確信していた。
自然と距離が縮まり、レオンハルトが抱き寄せる。唇が触れ合い、静かな夜に二人の鼓動だけが響く。
これから先、幾つもの困難が待ち受けていようとも――この絆があれば、必ず越えていける。
そして再び寝室へ。
ユリウスは小さな声で告げた。
「……お前となら、王でも夫でも、やっていけそうだ」
レオンハルトは一瞬目を見開き、それから照れくさそうに笑った。
「俺もだ。もうお前なしじゃ、生きられない」
廊下の隅で、ルカとロイが笑顔で小声で囁き合っている。
「……最近のお二人は甘すぎますね」
「まったくです。胃もたれしそうです」
「ははは、まったく」
その声も届かない。二人は抱き合い、幸せに笑い合う。
こうして王と聖者の物語は、大団円を迎えた。
二人の愛と絆と共に――国は永遠に続いていく。
✦ ✦ ✦ おしまい ✦ ✦ ✦




