02-3 なぜこんなにも胸がかき乱される(3) 天空を砕く拳
火竜が大地を焼き、氷竜が山肌を凍らせる。
二体の咆哮が重なり、兵たちは耳を塞ぎながら後退した。
「もうダメだ……!」
「竜に勝てるはずがない!」
恐怖に飲まれ、隊列が乱れる。
その前にレオンハルトが一歩、また一歩と歩み出た。
「ビビるんじゃねぇ! 俺がいる!」
その声に兵たちがはっと顔を上げる。
背筋を伸ばした巨躯、どこまでも堂々とした姿。
その存在だけで恐怖が少しずつ和らいでいくのを、誰もが感じた。
「セリオス! 高台を探せ!」
「えっ……?」
「竜の首を狙う。あんたの術で足を止められなくてもいい。俺が殴る隙をくれりゃ十分だ!」
命じる声に、セリオスの心が震える。
(……この男は、本気で竜に拳を……!?)
やがて視線の先に、崩れかけた見張り塔があった。
「……あそこです! 上からなら竜の急所を狙えます!」
「よし、案内しろ!」
二人は兵を引き連れ、塔へと駆け上がった。
途中、火竜の炎が襲いかかるが、レオンハルトは腕を振るって一気に吹き散らす。
「熱いな……だが、火鉢の火とそう変わらねぇ!」
氷竜の冷気が道を凍らせる。
レオンハルトは靴底を滑らせながらも笑い飛ばし、拳で地面を砕いて氷を粉々にした。
「バケモンか……」
思わず漏らすセリオスの声。
けれど目は離せなかった。
やがて塔の頂に辿り着く。
真下には巨体をうねらせる火竜、そして旋回する氷竜。
レオンハルトは深呼吸をひとつし、拳を握りしめた。
「――行くぞ」
次の瞬間、彼は塔の縁から身を躍らせる。
真紅の炎が渦巻く中、拳に光が宿った。
「砕けろッ!!」
轟音。
火竜の頭蓋が打ち抜かれ、巨体が地へ叩きつけられる。
地面が揺れ、土煙が舞い上がった。
続けざま、氷竜が怒り狂って突進してくる。
レオンハルトは落下した瓦礫を蹴り飛ばし、巨大な岩塊を竜の翼に叩きつけた。
翼が折れ、竜はバランスを失って墜落する。
その瞬間を逃さず、拳を振り下ろす。
「おやすみだ」
氷竜の頭もまた地を裂いて沈黙した。
兵士たちは言葉を失い、ただ呆然とその光景を見守っていた。
やがて誰からともなく歓声が上がる。
「や、やったぞ!」
「聖者様が竜を倒した!」
喝采が山にこだました。
セリオスは膝から崩れ落ち、震える声を漏らす。
「……なんという……力だ……。術ではなく、ただの拳で……」
恐怖よりも強く胸を支配する感情――それは憧れにも似た熱。
そして、抑えようのないときめきだった。
(……これが、本物の“英雄”……なのか)




