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15-5 愛してる、誰よりも(5) 祝福の鐘と新たな聖者

神殿広場を覆っていた黒い瘴気は、もはや天を突き抜けるかのように濃く膨れ上がっていた。

雷鳴と呻き声が混じり合い、民衆は絶望の声を上げて逃げ惑う。

聖堂騎士団長ガイウスでさえ剣を抜いたまま動けずにいた。


――この儀式は、制御不能。

神罰どころか、都市全体を呑み込む魔法災害だ。


ユリウスは必死にレオンハルトに縋りついた。


「やめて! もういい! これ以上、あなたが傷つくのは見たくない!」


その声に、鎖で縛られていたレオンハルトの口元が僅かに歪む。

嘲笑にも似たその笑みは、しかしどこか優しく響いた。


「……本当に、泣き虫な王様だな」


次の瞬間、轟音が響き、彼の全身から黄金の光が弾け飛ぶ。

縛っていた聖鎖は一瞬で蒸発し、解き放たれた魔力の奔流が瘴気を正面から呑み込んでいった。


「なっ……!?」


広場にいた全員が息を呑んだ。

それは、単なる魔法ではなかった。


空を覆う黒雲が裂け、太陽の光を呼び戻すほどの浄化の力。

聖典に記される初代聖者の奇跡そのもの――いや、それ以上だった。


群衆は震え、恐怖と同時に畏敬の念に膝をついた。


「……初代様だ……」

「いや、初代を超える……」


「まさか、我らの前に真なる守護者が……」


ガイウスでさえ剣を取り落とし、呆然と光景を見上げている。

光を放ち続けるレオンハルトは、やがてゆっくりとその力を収めた。


瘴気は完全に消え、広場には静寂が訪れる。

誰もが息を潜めて彼の言葉を待った。


そんな中、レオンハルトはまっすぐにユリウスへと歩み寄った。

黄金の輝きを纏ったままの姿に、ユリウスは思わず後ずさる。


「レオンハルト……今のは……お前、一体……?」


レオンハルトは、ほんの少しだけ頬を掻き、照れくさそうに目を逸らした。


「……実はな。封印、とっくに解けていたんだ」

「えっ……?」


「お前が……俺を好きだって、ちゃんと想ってくれたから。あの時から、力は戻っていた。いや、それどころか……初代以上に強くなってるらしい」


軽く肩を竦める彼の声は、普段の余裕めいた響きを残しつつも、どこか照れ隠しの震えが混じっていた。

ユリウスの目が大きく見開かれる。


「わ、私の……せいで?」

「お前の愛が、俺を解放したんだ」


レオンハルトは真剣な眼差しを向けた。


「俺はずっと、魔力を持たない異端者として振る舞ってきた。でも違った。俺の中には最初から力があった。ただ、それを引き出せたのは……お前だけだった」


広場にざわめきが広がる。

だが誰も彼らの間に割って入ろうとはしない。

ただ静かに、奇跡の続きを見守っている。

ユリウスの頬を涙が伝った。


「……そんな、馬鹿なこと……」

「馬鹿なことじゃない」


レオンハルトは彼の頬にそっと触れた。


「俺はずっと、腕力でしか守れないと思ってた。でも違った。お前が隣にいてくれるなら、俺は聖者であろうが何であろうが関係ない。……ユリウス、俺は……お前を愛してる」


その言葉は、広場に響き渡る鐘の音よりも鮮烈に人々の胸を打った。

ユリウスは声を詰まらせ、震える手で彼の胸倉を掴んだ。


「……ずるい……そんなこと言われたら……」

「どうした? 照れて顔が真っ赤だぞ」


わざとからかうように囁くと、ユリウスは涙を零しながら彼に飛び込んだ。


「私も……私も、愛してる! 誰よりも!」


強く抱き合う二人を、民衆は沈黙のまま見守る。

やがて、誰からともなく拍手が沸き起こった。

それは瞬く間に広がり、広場を埋め尽くす人々が歓声と祈りを重ねる。


「聖者万歳!」

「新たな守護者に祝福を!」

「ユリウス王に光あれ!」


ガイウスも膝をつき、深く頭を垂れた。


「……異端などではなかった。我らが愚かであった。真なる聖者に、忠誠を」


こうして、裁きの場は告発ではなく、新たな聖者と王の誕生を祝う舞台へと変わった。


抱きしめたまま、レオンハルトはユリウスの耳元に小さく囁いた。


「なぁ、王様。これからは堂々と、お前の隣に立っていいんだな?」

「……ずっと隣にいるんだぞ。私の、愛しい聖者」


二人の誓いの声は、祝福の鐘の音に重なって、聖都の空を高らかに響き渡った。

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