15-4 愛してる、誰よりも(4) 神の試練を超えて
大聖堂の鐘が三度、重々しく鳴り響いた。
「これより神の試練を執り行う!」
ガイウス団長の声が広場に轟き渡ると、数千の群衆が一斉に沈黙した。
空気そのものが張りつめ、冷たく凍りついたように感じられる。
広場中央に据えられた石の円壇。
そこにレオンハルトは鎖のまま立たされていた。
周囲では神官たちが魔法陣を描き、白い衣を翻しながら祈祷を唱えている。
「神の雷をこの身に下せ。真なる聖者ならば生き延びるだろう」
群衆の中から熱狂的な声が響く。
「異端を焼き尽くせ!」
「神よ、御心を示したまえ!」
ユリウスは必死に叫んだ。
「やめろ! こんなのはただの見せしめだ! 彼は……彼は都市を救った英雄なんだ!」
だが、群衆は彼の声に耳を貸さない。
むしろ嘲笑が巻き起こり、罵声が重なる。
ガイウスは冷たい眼差しでユリウスを見下ろした。
「王。口を慎め。ここは神の都、血筋も王位も関係ない。真偽を決めるのは神のみだ」
祈祷が最高潮に達した瞬間、空が裂けた。
眩い雷光が雲を引き裂き、轟音と共にレオンハルトの頭上へと落ちる。
「………!」
群衆から悲鳴があがる。
しかし、雷を受けたはずのレオンハルトは、ただ煙を上げながら立っていた。
「ふん……生ぬるいな」
口元には余裕の笑み。
衣服の一部は焦げていたが、その瞳は鋼のように揺らがない。
群衆はざわめき、一部は畏怖に息を呑む。
だが、その時だった。
魔法陣の光が狂ったように明滅し始め、黒い瘴気が噴き出した。
神官たちが青ざめる。
「な、何だ……? 儀式が……制御できない!」
瘴気からは、獣のような影が蠢き始めた。
人の形を模した怨霊が、呻き声をあげながら群衆へ襲いかかる。
「ひ、ひぃっ!」
逃げ惑う声が広場を埋め尽くす。
ユリウスの方にも、影の一体が迫っていた。
黒い手が伸び、その白い喉を掴まんとする。
「ユリウス!」
レオンハルトは両腕の鎖を力任せに引きちぎった。
鉄が弾け飛び、彼は稲妻のごとく駆けた。
影が爪を振り下ろす直前、その身を盾にしてユリウスを庇う。
「ぐっ……!」
黒い爪が彼の肩を深く抉り、鮮血が飛び散る。
「レオンハルト!」
ユリウスは悲鳴をあげ、震える手で彼の体を支える。
「な、なんで……どうして私を庇うんだ! お前が傷ついたら、私は……私は……!」
涙が頬を伝い落ちる。
レオンハルトは苦笑しながら、血に濡れた手でユリウスの頬を撫でた。
「泣くなよ、子猫ちゃん。お前の涙は、俺には眩しすぎる」
「……私には……王の資格なんてない! 民を守るどころか、お前ひとりすら守れないんだ……!」
嗚咽まじりの叫びに、レオンハルトは揺るがぬ声で答える。
「違う。お前が王だからこそ、俺は拳を振るえる。
お前が民を想う心があるから、俺は迷わず戦える。
だから自分を否定するな。俺がいる限り、お前はまごうことなく正真正銘の王なのだ」
その言葉は雷鳴よりも強く、ユリウスの胸に響いた。
涙を流しながら、彼はレオンハルトに縋りつく。
「……ずっと……私のそばにいてくれるか?」
「もちろん。何度だって答えるよ。お前を置いていくなんて有り得ない」
彼は力強く抱き寄せ、血の匂いさえ甘い約束の証のように感じさせた。
周囲ではまだ瘴気の影が暴れ回っていた。
しかし、レオンハルトが拳を振るうたびに光が生まれ、影は霧散していった。
群衆は言葉を失い、神官たちはただ呆然と見守るしかなかった。
こうして「神の試練」は暴走し、しかし同時に──レオンハルトの力とユリウスへの揺るぎない想いが、万人の前に示されたのだった。




