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15-3 愛してる、誰よりも(3) 異端の聖者

聖都──王都とは異なる荘厳さを誇る、白大理石の神殿都市。

天を突くようにそびえる尖塔には黄金の十字が輝き、街の至るところに神の象徴が刻まれていた。

石畳の大通りは清められた水が流され、信徒たちが祈りを捧げる声が絶え間なく響く。

外見は壮麗だが、その厳粛さはむしろ冷ややかで、訪れる者を拒絶するかのようだった。


ユリウスは馬車の窓からその景色を見つめ、胸を強く締めつけられていた。


(これが……父や祖父も一目置いた聖都……でも、今は敵の牙を剥く地だ)


隣で、レオンハルトは欠伸をかみ殺しながら、どこか退屈そうに座っていた。


「なあ、子猫ちゃん。さっきから眉間にシワ寄せっぱなしだぞ。そんな顔してたら、可愛い目が台無しだ」

「……っ、ば、馬鹿にするな! 今は笑っている場合じゃないだろ!」


つい声を荒げたユリウスを、聖堂騎士団長ガイウスが鋭い眼差しで睨む。


「静粛に。我らが聖都に到着するのだ。軽口は慎め」

「…………」


ユリウスは黙り込むしかなかった。

レオンハルトはというと、まるで気にした様子もなく肩をすくめ、あえてユリウスの手を膝の上で握ってきた。


「大丈夫だ。俺がいる」


その囁きは、外の祈祷歌に紛れてユリウスの耳にしか届かない。

彼の胸は熱くなり、言い返すことができなかった。


馬車が大聖堂の前に止まると、群衆がすでに押し寄せていた。

数千人もの信徒が広場を埋め尽くし、怒号と祈りの声が入り混じる。


「異端を滅せよ! 神の名を汚す者を裁け!」

「聖者を騙る偽りの男に、天罰を!」


聖都が用意した扇動者の声に呼応して、群衆は一層熱を帯びていた。

その中を、レオンハルトは鎖を掛けられた両手のまま悠然と歩いていく。

群衆の罵声にさらされても、むしろ愉快そうに笑っていた。


「ふむ。歓迎がすごいな。まるで英雄の凱旋みたいじゃないか」

「……違う! 彼らは……お前を吊し上げに来たんだ!」


ユリウスの声は震えていた。

レオンハルトはちらりと彼を振り返り、わざと大げさにウインクする。


「心配するな、子猫ちゃん。お前が泣かないように、俺は舞台を盛り上げてやるだけだ」


大聖堂の扉が開かれると、内部はさらに圧倒的だった。

天井まで届く巨大なステンドグラスが光を落とし、無数の聖像が睨みつけるように並ぶ。

中央の壇上には神官たちが居並び、最上段には枢機卿たちが座していた。

彼らの視線は氷のように冷たく、ひとりの「異端者」を見下ろしている。


ガイウスが声を張り上げた。


「これより、異端審問を行う! 被告、レオンハルト。そなたは男でありながら聖者を名乗り、魔法を持たぬ身で神の奇跡を騙る大罪人! ここに弁明はあるか!」


群衆の視線が一斉に彼に注がれる。

だが、レオンハルトは堂々としたものだった。


「弁明? そうだな……ただの一言だ。俺は魔法は使えん。だが、この拳ひとつで都市を守り、民を救ってきた。それを神の奇跡と呼ぶかどうかは、お前たちが決めることだ」


その声は聖堂の奥まで響き、群衆のざわめきを一瞬だけ鎮めた。

だが、すぐに罵声が再び巻き起こる。


ユリウスは思わず一歩前に出た。


「待ってください! 彼は決して偽りの者ではありません! 都市を守ったのは事実です。魔法が使えなくとも、その勇気と力で多くの命を救ったんです!」


しかし、その声は大聖堂に響く祈祷歌と群衆の叫びにかき消された。


「王、引き下がりなさい!」

「血の繋がりに惑わされるな!」


「神の御名を汚すな!」


涙がにじむほど悔しかった。

壇上の枢機卿が、低く告げる。


「ならば、神に問う他あるまい。試練を受けよ。もし真に聖者であるならば、天はそなたを見捨てぬであろう」


広場が沸き立ち、「試練を!」の声がこだまする。

ユリウスは顔を青ざめさせ、レオンハルトにしがみついた。


「だめだ! そんなのはただの見世物だ! お前を殺そうとしているだけだ!」


レオンハルトは、鎖のかかった手で器用にユリウスの頬を撫でた。


「心配性だな。可愛いけど……俺は死なない。お前が俺を信じて祈ってくれるなら、それで十分だ」

「……!」


心臓が跳ね、言葉が出なかった。

レオンハルトはそのまま、裁きを受けるために壇上へと導かれていく。


冷徹な鐘の音が大聖堂に鳴り響き、裁きの儀式が始まろうとしていた。

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