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15-1 愛してる、誰よりも(1) 二人、運命に導かれて

王城の執務室。

大理石の床は夕陽を映し、赤と金の光が窓から差し込んでいる。

書類の山に囲まれた机に向かい、ユリウスは額に手を当て、眉間にしわを寄せていた。


「はぁ……」


ため息がこぼれる。

王位を継いでからというもの、日々の決裁と民の声に応える責務は増す一方だ。

元々、剣も魔法も学んできた自分が、机にしがみつくばかりという状況に、心が落ち着くはずもない。


「……おや、子猫ちゃん。またお堅い顔してるな」


突然背後からかけられた声に、ユリウスはびくりと肩を震わせた。

振り返ると、椅子の背に軽く片腕をかける大柄な男――レオンハルトが、にやりと笑って立っていた。


「おまっ……っ! 執務中は勝手に入ってくるなと、何度言えばわかるんだ!」

「おぉ、怒ってる怒ってる。……でも、怒ってる顔も可愛い」


「かっ……可愛いだと!? お前なっ……!」


真っ赤になって言い返そうとしたその瞬間、レオンハルトの長い指がユリウスの唇を軽く押さえた。

柔らかい圧迫に、言葉が喉の奥に引っ込む。

視線を絡められ、心臓が跳ねる音が自分でも聞こえるほど大きくなる。


「ほら。言葉で否定するよりも……素直な顔してるじゃないか」

「……!」


ユリウスは思わずレオンハルトの手を振り払った。

だが頬の熱は隠せず、余計にからかわれる。


「やっぱり、赤くなるところが一番可愛いな」

「……この鬼畜聖者め!」


「お、今日は素直だな」


いつもの軽口の応酬。

だがその空気を破るように、扉が激しくノックされた。


「失礼いたします!」


側近ルカが駆け込んでくる。

手には重厚な封筒。

その蝋封には、王家ではない荘厳な印章――聖都の紋章が刻まれていた。


「聖都からの……召喚状です」

「……召喚状?」


ユリウスが受け取ろうとした瞬間、レオンハルトが素早く横から奪い取り、封を切った。

目を走らせると、彼の眉がわずかにひそめられる。


「“異端の聖者レオンハルトを拘束し、聖堂の裁きにかける”……そう書いてある」

「な……!? ふざけるな……!」


ユリウスの胸に冷たいものが流れ込む。

聖都――大厄災を抑える聖者を代々管理してきた、信仰と権威の中心。

その名を冠した命令に、王家ですら逆らうのは難しい。


「理不尽すぎる! お前がこれまで、どれほど国を救ってきたと思っている! 誰が……誰が連れて行かせるものか!」


ユリウスは机を叩き立ち上がった。

だがレオンハルトは、あくまで穏やかな声で言う。


「まぁ、想定の範囲内だな。俺が魔法を使わずに拳で奇跡を起こしたから、連中の鼻を折った。威厳を取り戻したいんだろ」

「だからって……!」


ユリウスの声は震える。怒りだけではない。

恐怖と、不安と、焦燥。

レオンハルトが歩み寄り、肩を抱く。


「……子猫ちゃん。お前が俺を失うのが怖いって顔、今してるぞ」

「……!」


「安心しろ。俺は簡単に消えたりしない」


耳元で囁かれ、ユリウスの胸が熱くなった。

悔しいほど、この男の言葉ひとつで心が揺さぶられる。


「……守るのは私の役目だ。お前を、誰にも渡さない」

「ふふ、強気でいいじゃないか。でも俺は聖者だ。避けられない道もある。それでも――」


レオンハルトは優しく目を細め、ユリウスの額に唇を落とした。


「お前が隣にいてくれるなら、俺は何度でも超えていける」


頬が熱くなり、胸が締めつけられる。

気がつけばユリウスは、彼の胸にすがっていた。


「……離れたくない」

「その言葉、ちゃんと聞いたぞ」


夕陽が落ち、夜の帳が城を覆う。

その夜、二人は互いの想いを確かめ合うように長く抱き合った。

外の世界では聖都の裁きが迫っている。

だが、この部屋の中だけは――時間が止まったかのように、甘やかで温かな夜が流れていた。


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