13-5 お前を離さねぇよ(5) 私だけの英雄
黒い霧が消え去り、森にはようやく静けさが戻っていた。
燃え残った木々から煙が上がり、湿った大地の上に兵士たちがへたり込む。
誰もが疲れ果てていたが、その表情には確かな安堵の色があった。
「終わったのか……」
「本当に……勝ったんだな……」
ざわめきと共に、勝利の実感が広がっていく。
その中心に立つのは、拳を振り下ろしたままのレオンハルトだった。
荒い息を吐きながらも、その背は揺るぎなく、兵士たちの視線を一身に集める。
「……化け物め……」
地に伏したゾルダが、最後の力で呪詛を吐いた。
「お前のような異形が聖者だと? そんなものが人を導けるか……!」
レオンハルトは冷ややかに見下ろした。
「導く気なんざねぇよ。ただ――守りたい奴を守る。それだけだ」
そう言い捨てると、彼はもうゾルダに興味を示さず、背を向けた。
視線の先には、木陰に立つユリウスがいる。
傷を負いながらも毅然と立ち、必死に笑みを作っていた。
「……無事で……よかった……」
その声を聞いた瞬間、レオンハルトの表情がふっと緩む。
大股で近づき、ためらいなく彼を抱き寄せた。
「おいおい。お前の方が血を流してるだろ。無理すんな」
広い胸に押しつけられ、ユリウスの顔が熱くなる。
兵士たちの視線を感じて頬を赤らめたが、それ以上に安堵が胸を満たしていた。
「お前が……帰ってきてくれて……」
「当たり前だろ。お前を置いて死ねるかよ」
短い言葉なのに、胸の奥に沁み渡る。
ユリウスは涙をこらえきれず、彼の服をぎゅっと掴んだ。
「レオンハルト……私は……あなたを……!」
告げかけた言葉は、喉の奥で震えて消えた。
だがレオンハルトは、そんな彼を抱き締め直し、低く囁いた。
「言わなくてもわかってる。……ありがとな」
その声音に、ユリウスは瞳を潤ませながら小さく頷いた。
****
王城へ戻ると、街中が凱旋を祝う歓声で溢れていた。
花びらが舞い、子供たちが笑顔で手を振る。
兵士たちは疲労を忘れ、誇らしげに胸を張って進む。
だが、ユリウスの目に映るのはただ一人。
隣を歩くレオンハルトの横顔だけだった。
「……皆、お前を英雄だと呼んでいる」
「やめろ。英雄なんて柄じゃねぇ」
そっけなく返しながらも、どこか照れたように耳が赤く染まっていた。
ユリウスは微笑み、そっと手を伸ばす。
人目も憚らず、その大きな手を握った。
「なら、私は……お前を私だけの英雄と呼ぼう」
その言葉に、レオンハルトの歩みが止まる。
驚いたように彼を見つめ、そして堪えきれず笑った。
「……ずりぃな。そんなこと言われたら、もう離せなくなる」
兵士たちの視線が二人に集まるが、誰も咎める者はいなかった。
むしろ温かな眼差しと、祝福の空気が満ちていた。
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夜。
王城の一室。
祭りの喧噪が遠くに響く中、ユリウスは静かにベッドに腰掛けていた。
窓辺に立つレオンハルトが振り返り、真剣な眼差しを向ける。
「なぁ、ユリウス」
「なんだ……」
「これから先、もっと厄介な奴らが現れるかもしれねぇ。俺一人じゃ抱えきれないこともある」
その声には、珍しく弱さが滲んでいた。
ユリウスはそっと立ち上がり、彼の胸に手を当てる。
「なら、共に立ち向かえばいい。お前が私を守るように、私もお前を支える」
瞳と瞳がまっすぐに交わる。
次の瞬間、レオンハルトは彼を強く抱き寄せた。
「……お前を離さねぇ。これからも、ずっとだ」
熱を帯びた声に、ユリウスは目を閉じ、頬を寄せた。
言葉以上に深く、互いの想いが伝わる。
夜が更けるほどに、二人は絆を確かめ合った。
もはや聖者と王子ではない。
一人の男と、一人の男として。
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翌朝。
窓から差し込む光が二人を照らす。
寄り添ったまま眠るユリウスの寝顔を見下ろし、レオンハルトは小さく呟いた。
「……俺の全てを賭けても、守り抜いてやる」
その誓いは、静かな朝日に溶けていった。




