13-1 お前を離さねぇよ(1) 怒れる精霊との衝突
王都の復興が進む中、レオンハルトは珍しくのんびりと庭園の芝生に寝転がっていた。
青空を見上げ、欠伸をひとつ。
「平和ってのは退屈だな」
その隣でユリウスが書類を抱え、呆れたように見下ろす。
「お前が勝手に騒動を片付けすぎるからだろ。普通なら、まだ混乱が続いてるところだ」
「まぁいいじゃねぇか。国が落ち着いて、お前が安心できるなら」
「……!」
さらりと告げられた言葉に、ユリウスの頬が赤く染まる。
「そ、そういうことを軽々しく言うなよ!」
「軽くなんかねぇよ。本気だ」
レオンハルトは笑い、再び空を仰ぐ。
――その瞬間だった。
風がざわめき、庭の花々が一斉に震えた。
小鳥たちが一斉に飛び立ち、犬が吠える。
「……?」
ユリウスが眉をひそめる。
「今の、何……? ただの風じゃない」
レオンハルトはすぐに上体を起こし、気配を探った。
大地の奥から、微かな唸りのようなものが響いていた。
「……精霊だな」
「精霊?」
「そうだ。森や川、炎や風に宿る連中。普通は人に害をなすことはねぇが……今のは違う」
言葉を交わす間にも、空気はざわつきを増していく。
遠くから響く雷鳴。雲ひとつない空に、不気味な音が轟いた。
****
数日後。
調査に出たロイが戻ってきた。
彼の顔は蒼白で、手は小刻みに震えている。
「陛下……レオン様……! 大変です。森が……森が怒っています!」
「森が怒っている?」
ユリウスが問い返す。
「はい……! 精霊たちが暴走しているのです。森の木々が勝手に根を動かし、村を押し潰そうとして……! 人々が逃げ惑っています!」
「……やはりか」
レオンハルトは低く呟き、立ち上がった。
「行くぞ。放っておけば国が崩れる」
「待って! ここは慎重に……」
ユリウスが呼び止めるが、レオンハルトは振り返り、まっすぐに見つめた。
「お前が守りたい国なんだろ? なら俺が拳で黙らせてやる」
「……!」
その瞳に射抜かれ、ユリウスは息を呑む。
同時に、胸の奥が熱くなる。
(どうして……この人は、こうまでして……)
心臓の鼓動が早鐘を打つ中、ユリウスは小さく頷いた。
「分かった。私も行く。王として、国の民を見捨てるわけにはいかない」
「上等だ。じゃあ一緒に暴れるか」
豪快な笑みに、緊張がわずかに和らぐ。
****
一行は王都を出て、深い森へと向かった。
道中、鳥の鳴き声はなく、風は淀み、空気は重く沈んでいる。
足を踏み入れるごとに、木々はうねり、枝は槍のように彼らを狙ってきた。
「ひっ……!」
兵士たちが悲鳴を上げる。
レオンハルトは迷いなく前へ出ると、拳で枝を粉砕した。
轟音とともに木片が飛び散り、道が開ける。
「ビビんな! 精霊が暴れてるだけだ!」
「だ、だけってレベルでは……!」
ロイが顔を引きつらせる。
ユリウスは真剣な眼差しで前を見据えた。
「この森の奥に、必ず原因がある。精霊たちの怒りを鎮めなければ……」
風の囁きが、まるで嘲笑うかのように彼らを包む。
その奥で、巨大な気配が待ち受けていた。




