12-1 もしかして嫉妬したのか(1) 放浪の聖者、王都に来たる
アルビオン王国の都に、今ひとりの旅人が足を踏み入れた。
だが、それはただの旅人ではない。
――放浪の聖者、セイラ。
聖教会ですら恐れて追放したとまで噂される、絶大な癒しの力を持つ存在。
彼女の名は、すでに世界中の人々の耳に届いていた。
人々は敬意をこめて「放浪の聖者」と呼び、遠くからでもその姿を一目見ようと集まるほどである。
城門前の広場は、すでに民衆であふれていた。
「セイラ様だ!」
「本物だ、本当に来てくださった!」
「ありがたや、ありがたや!」
老若男女が声を張り上げ、花を投げ、涙を浮かべて手を合わせる。
王都の空気そのものが、祝祭のように華やぎに満ちていた。
「わぁ……すごい人だね」
王子――いや、すでに即位して国を治める若き王、ユリウスは城のバルコニーからその光景を見下ろし、瞳をきらきらと輝かせていた。
「……あれが聖者セイラ様。まるで女神様……」
頬に笑みを浮かべ、まるで子どものように身を乗り出すユリウス。
「……はぁ。浮かれてんじゃねぇよ」
レオンハルトは不機嫌そうに膨れっ面でぼやいた。
その時だった。
広場を進むセイラが、ちらりと城壁の上を見上げた。
そしてレオンハルトと視線が合うと、意味深な目配せをしたのである。
レオンハルトは思わず顔をそむけたが、そのサインをユリウスは見逃さなかった。
「……ん? レオン、お前、知り合いなのか?」
「知り合いじゃねぇ。……ったく、あのババア」
「バ、ババア!? な、な、失礼な!」
ユリウスが目を丸くする。
だが、レオンハルトの声色には怒りよりも照れの響きが混じっていた。
そう、セイラこそ、レオンハルトの師であり、彼に宿る聖者の力を封印した張本人なのだ。
粗暴な言葉を投げつつも、レオンハルトの胸には深い敬愛があった。
そしてセイラもまた、彼を我が子のように思っている。
ユリウスはそんな事情をまだ知らない。
ただひとり、終始セイラの到着に胸を躍らせていた。
「レオン、見てみろよ! セイラ様が、あんなに民衆に手を振って……ああ、なんと優雅で、美しいんだろうか」
「……ったく、お前は、はしゃぎ過ぎだ。聖者なんて珍しくもねぇ。ここにいるだろ? ここに!」
「へぇ、嫉妬してんだ。セイラ様に」
「はぁ? ちげぇよ!」
二人のやり取りを、ルカとロイは微笑みながら見守った。
****
謁見の間に響く人々の歓声の中、ユリウスはひときわ輝く笑顔で歩み寄った。
「……本当に、セイラ様!」
玉座の前に進み出た聖者に、王らしからぬ勢いで駆け寄ると、まるで旧知の友人のように握手を求めた。
「感動です……お目にかかれて光栄です! セイラ様、ぜひ、どんな旅をされてきたのか、お話を伺っても?」
興奮した声音は、臣下たちを慌てさせたが、セイラはくすりと笑って受け止める。
「ふふ、落ち着いて。陛下」
柔らかく諭す声に、ユリウスはどこか子どものように肩をすくめた。
その仕草は、普段の冷静沈着な彼からは想像できないものだった。
「では、すぐにお部屋を用意させましょう。今夜、宴を開きます。その後でゆっくりとお話をお聞かせいただけないでしょうか?」
「ええ、よろこんで」
そのやり取りを後ろで見ていたレオンハルトは、あからさまに不機嫌な顔をしていた。
(ったく、ユリウスのやつ、ババアになつきすぎだろ。俺の存在を完全に無視してやがる)
そんな態度を見て、ルカがひそかに彼に近づく。
「レオン様……セイラ様は、亡き王妃様にとてもよく似ておられるのです」
「……!」
レオンハルトは思わず息を呑んだ。
ユリウスがセイラに親近感を覚えるのは、ただの憧れではない。
無意識に、母と重ねている。
「……ったく」
それを知ると、レオンハルトの胸中に小さな優しさが芽生えた。
恋人として嫉妬は覚える。
だが、母を知らぬユリウスがセイラに甘える姿を、無理に止めることはできない。
その夜。
歓迎の宴が終わり、ユリウスは、いそいそと外出の支度をしているレオンハルトの背中に声を掛けた。
「レオン、どこに行くんだ? 今夜一緒に、セイラ様とお話でも……」
「遠慮しておく。俺はロイと酒を飲みに行く」
「……そうなのか。なら私一人でセイラ様の所に行くか……」
「勝手にしな……おいロイ、今日は朝まで飲むぞ!」
「は、はいっ!」
レオンハルトは副官ロイを連れ城を出た。
(しっかり甘えてきな……ユリウス)
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静かな一室。
ユリウスとセイラは向かい合って腰を下ろしていた。
「セイラ様……改めまして、本当に、我が国に足を運んでくださってありがとうございます」
ユリウスは瞳を潤ませ、言葉を重ねる。
「ふふ、あなたは本当に素直で可愛らしい子ね」
「か、可愛いはやめてください!」
赤面しながらも、どこか嬉しそうに笑うユリウス。
彼は自然と、母に甘えるようにセイラへ心を開いていく。
「あの、セイラ様。旅のお話の続き、聞かせてください」
セイラはゆるやかに頷き、己の半生を語り始める。
――聖教会に目をつけられ、放浪の身となったこと。
――旅の途上で出会った孤独な少年が、後のレオンハルトだったこと。
――彼に聖者の才を見いだし、しかし迫害を恐れて封印したこと。
セイラの話は、ユリウスには驚きの連続だった。
まさかセイラがレオンハルトの師匠だったとは気づきもしない。
しかし、あの非常識な強さを持ってしたら、師匠はセイラであってもまったく不思議じゃない。
いや、むしろ自然だとさえ思える。
だからすぐに納得した。
セイラは続ける。
「辛い修行も、レオンには楽しくあって欲しかったの。だから、できるだけ愛情を注いで育ててきたわ」
セイラの声音には、母のような深い愛があった。
「……レオンの、小さい頃……」
ユリウスの胸は高鳴った。
恋人の幼少期を知るのは、くすぐったくも嬉しいことだった。
ユリウスは、それから、それで、それで、と盛んにレオンハルトのことを聞き出そうとした。
セイラは、わざと含みを持たせて微笑んだ。
「ところで……お二人、仲がよろしいのですね?」
「そ、そうですか? あいつは口が悪くて……」
「ふふ、誤魔化しても無駄ですよ。大切に思っているのが伝わります」
ユリウスは真っ赤になり、うつむいてしまう。
セイラはその姿を温かく見守り、心の中でそっと呟いた。
(レオン……あなた、本当に素敵な方を選びましたね)
こうして、アルビオン王国に聖者セイラが逗留する日々が始まったのだった。




