11-1 もうどこにもいくなよ(1) 迷宮制圧と英雄の帰還
王城の執務室。
ユリウスは机に広げられた書簡を整理しながら、背後に控える大きな影へ視線を送った。
「……おい、レオン! そんなところに立っていると気が散る」
背もたれに寄りかかり、長い脚を組んでいるのはレオンハルトだった。
腕を組み、退屈そうに天井を見上げているが、その存在感だけで部屋の空気が変わる。
「いいじゃねぇか。俺がここにいると安心するんだろ?」
「べ、別に……!」
ユリウスは顔を赤らめて書簡をめくるが、耳まで赤くなっている。
室内の片隅で控えていた副官ロイは、そのやり取りに自然と口元が緩む。
(本当に仲のよいお二人……。仲睦まじくて、こちらが恥ずかしくなるくらい)
すっかり二人の推しになったロイは、副官の役得を享受していた。
レオンハルトが口の端を吊り上げる。
「正直になれよ。俺がいなきゃ寂しいんだろ?」
「っ……馬鹿!」
ペン先を強く走らせる音で誤魔化そうとするが、心臓は高鳴っていた。
そんな甘いやり取りの最中――。
扉が慌ただしく開かれ、側近のルカが駆け込んできた。
「陛下! 緊急事態です!」
「ルカ? 一体どうした」
ユリウスが立ち上がると、ルカは額の汗を拭いながら言った。
「地下ダンジョンが……暴走しました! 入口から魔物があふれ、街の防衛線が危険な状態です!」
「なっ……!」
ユリウスの表情が強張る。
「詳しく話せ」
低く響いたのはレオンハルトの声だった。
ルカはその迫力に一瞬たじろぐが、すぐに報告を続けた。
「魔物の数は百を超えます。しかも、普通の個体より凶暴化しており……。ギルドも応援に出ていますが、被害拡大は避けられません!」
ユリウスは拳を握りしめる。
「……私も行く」
「駄目だ」
即座にレオンハルトが制止する。
「でも……」
「お前は王だ。お前が傷つくわけにはいかねぇ」
真剣な眼差しに射抜かれ、ユリウスは言葉を詰まらせる。
ロイが一歩進み出て補足した。
「陛下。万一王が戦場に立たれれば、兵たちは守ることに意識を割かれ、戦況はさらに悪化します。ここはどうかご辛抱を」
「……ロイまで……」
ユリウスは悔しげに唇を噛んだ。
その時、もう一人の人物が入室した。
白衣をまとい、手には魔導書を抱えた若き女性――ダンジョン学者のマーラだった。
「私も同行させてください」
「マーラ……?」
「ダンジョンの暴走は、コアに異常が生じた可能性があります。コアを破壊すれば、魔物の氾濫は止まるはずです」
自信に満ちた瞳で告げるマーラ。
「なるほどな」
レオンハルトは頷いた。
「じゃあ決まりだ。俺が前線をぶち抜き、マーラが中で仕掛けを解除する。完璧だろ」
「待ってくれ!」
ユリウスは思わず叫んでいた。
「……本当に、危険なんだろう? なのに、どうしてそんなに軽々しく……」
レオンハルトは振り返り、にやりと笑った。
「軽くなんかねぇよ。けど……俺ならできるだろ?」
「……!」
言い返せない。
その言葉の信頼性は実績に裏付けされている。
ユリウスは唇を噛み、そして小さな声で呟いた。
「……必ず、帰ってこい」
「もちろんだ」
レオンハルトは堂々と胸を張る。
「俺は無敵だからな」
その瞬間、不安と安堵が入り混じり、ユリウスは堪えきれず彼の胸に飛び込んだ。
「馬鹿……! 本当に、人の気も知らないで……!」
広い胸板に抱きしめられ、ユリウスの声は震える。
レオンハルトはその頭を優しく撫でながら、耳元で囁いた。
「心配すんな。お前の泣き顔なんざ、二度と見たくねぇ」
甘い空気が流れ、ルカとマーラは気まずそうに視線を逸らした。
ロイは一歩下がり、静かに頭を垂れる。
(――必ずご無事で帰りましょう。陛下のためにも、この国のためにも)
やがて、ユリウスは名残惜しそうに離れ、真剣な眼差しで告げる。
「……絶対に、無事で帰ってこい……いいな!」
「あぁ。約束する」
その力強い言葉を最後に、レオンハルトとマーラはダンジョンへ向けて出発した。
ロイはすぐに城兵への連絡体制を整えるべく部屋を辞した。
副官として、戦場を支える準備を怠るわけにはいかない。
ユリウスの胸には、不安と期待、そして深い想いが渦巻いていた。




