01-5 気になるむかつくやつ(5) 夜風にほどける想い
祝勝の宴が終わり、王城は深い静けさに包まれていた。
灯りがまばらに揺れる廊下を、ユリウスは一人歩いていた。
杯を交わし、笑い声に包まれていた余韻がまだ胸に残っている。
そんな折――
「よぉ、王子」
廊下の角から現れた影に、ユリウスは思わず足を止めた。
レオンハルトだった。
「なぜお前がこんなところに……」
「散歩だよ。宴の後は空気を吸いたくなるだろ」
肩をすくめるレオンハルトに、ユリウスは眉をひそめる。
だが次の瞬間、不意に突きつけられた言葉に、心臓が跳ねた。
「なぁ……俺のこと役に立つって思ったろ?」
「なっ……!? べ、別にそんなことは――!」
図星を突かれ、ユリウスは慌てて言葉を詰まらせる。
レオンハルトはにやりと笑いかけたが、すぐに表情を引き締めた。
「……ユリウス、お前に言っておきたい事がある」
真剣な眼差しに、ユリウスは息を呑む。
「俺はお前のために、この国にいる。お前を守るためにな」
「……!」
胸の奥で、熱い何かが弾けた。
普段のおちゃらけた言動とはまるで違う。
ユリウスは、何も答えられずに立ち尽くす。
「……じゃあ、また……それだけだ」
レオンハルトはくるっと背を向けて歩き出した。
堂々とした背中が闇の向こうに消えていく。
ユリウスは、その場に崩れ落ち、座り込んだ。
気づけば頬が真っ赤に染まっていた。
****
ユリウスは、自室に戻るなりベッドに倒れ込んだ。
枕に顔を押し付ける。
(な、なんだ……この気持ちは……)
レオンハルトの言葉を思い出すたびに胸が高鳴り、顔が熱くなる。
説明もつかず、収拾もできない苛立ちが渦巻いた。
『俺はお前のために、この国にいる。お前を守るためにな』
胸がドキドキして体の芯が燃えるように熱い。
「あ、あいつは……ただ少し役に立つ男ってだけだ! そうだ、それだけだ!」
乱暴に自分へ言い聞かせる。
だが、その声はどんどん弱くなり、最後には自信なさげに小さく繰り返すだけになっていた。
「……それだけ……それだけなんだから……」
****
そのころ、城を囲む高い塔の上。
黒衣の影が、夜風を受けながら戦場を見下ろしていた。
「……やれやれ、失敗したか」
低く響く声。
彼こそが封印を解き放った張本人だった。
「それにしても……あの聖者、一体何ものなのだ?」
興味と警戒をないまぜにした呟きを残し、黒衣の影は闇に掻き消える。
月明かりだけが、静かに戦場を照らしていた。




