10-4 思い出を下さい (4) 宮廷の罠
翌朝、宮廷の大広間に集められたのは、隣国の貴族たちだった。
金と宝石で飾られた天井から光が降り注ぐ。
だが、その豪華さはどこか虚ろで、集う者たちの視線には露骨な敵意が潜んでいた。
「おお……これがアルビオンの“聖者”か」
「ただの粗野な兵士に見えるが……」
「本当に神に選ばれたというのか?」
ひそひそと交わされる声が、大広間の空気を濁す。
その中心に立つレオンハルトは、ひょうひょうと肩をすくめていた。
「おいロイ、俺ってそんなに珍しい見世物か?」
「見世物というより、標的ですね」
ロイは冷ややかに囁く。
「彼らは試すつもりでしょう」
その言葉を裏付けるように、壇上に立つディートハルトが手を広げた。
「諸君、ご覧あれ。アルビオン王国が誇る聖者――レオンハルト殿だ」
その声は朗々としているが、どこか挑発的だった。
「だが、言葉だけでは信じられまい。我らは証を求める」
重苦しい沈黙の後、ディートハルトが指を鳴らす。
扉が開かれ、数人の武装兵が広間に引き立ててきたのは――鎖に繋がれた魔獣だった。
「……!」
周囲の貴族たちがどよめく。
「これは捕獲されたばかりの魔獣。我が国の兵でも扱いに手を焼く存在だ」
ディートハルトはにやりと笑う。
「聖者殿、どうかその力を我らに示していただきたい」
罠だ――誰の目にも明らかだった。
もしレオンハルトが失敗すれば、“聖者”の名は失墜する。
成功しても、異国の宮廷で暴力を振るったと非難されるだろう。
ロイが一歩進み出ようとしたが、レオンハルトが手で制した。
「いいぜ」
「レオン様……!」
「拳で語るのは俺の得意分野だ」
魔獣が鎖を引きちぎり、唸り声を上げて飛びかかる。
牙が閃き、爪が空気を裂いた。
だが――次の瞬間。
ドゴォッ! と鈍い音が響き、魔獣の巨体が床を転がった。
レオンハルトの拳が、一撃で沈めたのだ。
大広間がざわめきに包まれる。
「馬鹿な……!」
「一撃で……!」
「これが聖者の力……!」
レオンハルトは肩を回しながら、にやりと笑った。
「どうだ? 証明になったか?」
その余裕に、ディートハルトの顔から笑みが一瞬消えた。
だがすぐに取り繕い、拍手を送った。
「素晴らしい! これぞまさしく聖者の力!」
貴族たちも次々と拍手を送ったが、その瞳には畏怖と警戒が混ざっていた。
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夜。
客室に戻ったレオンハルトとロイは、重苦しい沈黙の中で向き合っていた。
「……やはり、完全に罠でしたね」
ロイが口を開いた。
「成功しても失敗しても、奴らの思惑通りに動かされる仕組みだった」
「まぁな」
レオンハルトは拳を見つめる。
「だが俺は俺だ。拳でしか語れねぇ。……それで十分だろ」
ロイはしばし黙した後、ニコッと微笑みながら呟いた。
「……レオン様、やはり私はあなたに恋しています。何度でも言います。好きです」
しばしの沈黙の後、レオンハルトは答えた。
「……好きにしろ」
「はい!」
(……いつもより間があった。うん、大丈夫。まだまだこれから)
ロイは、失礼します、と会釈をし自分の部屋へと戻っていった。
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その頃、宮廷の奥。
ディートハルトは陰の間で報告を受けていた。
「……やはり、ただの力自慢ではない。あれは本物だ」
「ならば……どういたしますか」
ディートハルトは目を細め、唇を歪めた。
「証明してもらっただけだ。次は――確実に仕留める」




