10-2 思い出を下さい (2) 危険な外交の序章
アルビオン王国。
王城の空気は緊張に包まれていた。
玉座の間に並ぶ家臣たち。
ユリウスは王子としてその中央に立ち、冷静な表情で報告を受けていた。
「シュタイン王国より特使が到着いたしました」
重々しい声が響く。
「和平に向け、聖者レオンハルト様を指名で、交渉にあたりたいとのことです」
シュタイン王国――アルビオン王国の隣国にあり、常に侵略を企む敵性国家。
転移魔法による侵攻は記憶に新しい。
それ以来警戒を続けているが、不審な動きが多い。
証拠はないが、封印破壊による魔獣襲来事件や先の魔族暗殺団を使ってのユリウス暗殺計画にも関与し、裏で糸を引いているのではないか、というのがアルビオン側の見解である。
玉座の間がざわめいた。
「……シュタイン王国が和平?」
「そんなことがあるのか? 罠ではないのか?」
「……聖者様を名指し、だと? 何を考えているんだ?」
ユリウスは黙って目を閉じている。
背後で、レオンハルトはひょうひょうと笑みを浮かべた。
「おいおい、俺は外交官でもねぇぞ。握手より拳の方が似合ってるからな」
張り詰める空気の中、ロイがすっと一歩進み出た。
「ならば、私が同行いたしましょう」
低く澄んだ声が玉座の間に響く。
「隣国の意図が真に交渉か、それとも罠か。見極めるためにも、私の副官としての力をお役立てください」
レオンハルトが片眉を上げる。
「お前が一緒に来るって?」
思い出していた。
転移魔法をつかった前の戦いでは、ロイは交渉に失敗したという事実。
挽回のチャンスを与えるのも悪くない。
「……いいぜ。どうせ退屈するだろうしな」
「感謝します、レオン様」
ロイは軽く頭を下げた。
そのやり取りを見たユリウスの胸に、小さな棘が刺さる。
(……ロイとレオンが二人きりで旅に出る……?)
不安と嫉妬が入り混じった感情が、喉の奥に引っかかった。
****
謁見が終わり、レオンハルトは王の私室へと向かった。
そこにはユリウスが待ち構えていた。
「……本当に行くつもりなのか」
「当たり前だろ。使者を無視すりゃ、余計に面倒になる」
「だが……!」
ユリウスは拳を握りしめる。
「今度こそ危険だ! 相手は敵国なのだぞ? わざわざ罠に飛び込むようなものだ!」
怒鳴る声は心配ゆえのもの。
だがレオンハルトは余裕の笑みを崩さない。
「心配してくれるなんて、ありがとうな。子猫ちゃん」
軽い調子。
だがそれが余計にユリウスを不安にさせる。
それでも、レオンハルトがそう言うなら信じるしかない――そうなのだが。
「それに、ロイも一緒だし、俺が簡単にやられるわけねぇ」
(……本当は、そっちの方が心配……)
それを率直に言えないのが男のプライド。
独占欲や嫉妬心をむき出しにできたら、どんなに楽か。
「……わ、わかった。気を付けていってこい」
レオンハルトは元気のないユリウスの髪をわしゃわしゃとかき乱した。
「行ってくるよ、子猫ちゃん」
ちゅっと頬に口づけを落とす。
だがユリウスの胸には、なお不安が渦巻いていた。
****
数日後。
王都を出発するレオンハルトとロイを、城門前でユリウスは見送っていた。
「……絶対に無事に帰ってこい」
強い言葉に、レオンハルトはからかうように笑う。
「元気にしてろよ、子猫ちゃん。泣き顔は似合わねぇぞ。ほら、笑えって」
「……!」
ユリウスは顔を真っ赤にして、それでも笑顔になろうと必死になっている。
ロイはその様子を横目で見つめ、静かに目を閉じる。
胸がチクリと痛んだ。
(……やはり、あの二人の間に私が付け入る隙などない……だが、この旅で私だって……)
こうして、新たな旅路が幕を開けた。




