09-5 ずっと俺の隣にいろ(5) 聖者と王の約束
王城の中庭に、夜明けの光が差し込んでいた。
昨日までの騒乱が嘘のように静かで、鳥のさえずりすら穏やかに響く。
だが、その静けさの中に立つ者たちの心は落ち着いていなかった。
結界が破られ、暗殺者がここまで巧妙に潜り込んでいたという事実は、王国に深い爪痕を残した。
結界師のカイルは、王の御前でひざまずく。
「私の能力不足の結果です。過信しておりました。すべて私に責任があります。どうか、罰をお与えください」
ユリウスは首を横に振る。
「お前はよくやってくれた。相手が少し優れていたというだけだ。不問とする」
「しかし……それでは、あまりにも……私は、私は……」
カイルの肩に手をかけた。
「結界が破られたのは今回が初めてだな? そう気を落とすな……成長の機会が与えられたと思えば悪くない。お前はもっと力を磨け。成長の糧とするのだ」
「は、はい! ありがとうございます!」
涙ながらに王の慈悲に感謝し退出していく。
重臣が口を開く。
「とはいえ、魔法障壁を破られた今、今後どうしたらいいか……カイルの成長を待ってはおれまい」
会議の参列者からは、そうだ、そうだ、と声が上がる。
王城内に屋敷を構える王族、貴族らにとっては他人事ではない。
いつ何時命を狙われるか分からないのだ。
「……私に考えがある」
手を挙げたユリウスに注目が集まる。
「王都の防衛は、魔力結界にあまりにも頼り過ぎていた……そこで私は提案する。王城の要所を警備する騎士団の設立……」
ユリウスは、ちらっとレオンハルトの顔を見た。
そして力強く宣言する。
「そして、騎士団の司令官には聖者レオンハルトを任ずる!」
「……!」
レオンハルトの名前が出て、それまで暗い雰囲気だった場が一気に沸き立つ。
「おー、それなら安心だ」
「聖者様に守って頂けるとあれば」
皆ほっとした面持ち。
(これでいい。でも……)
対照的にユリウスの気持ちは晴れない。
彼を危険な目に合わせるかもしれないという不安、そして相談もなく任務を押し付けたことへの申し訳なさ。
そんなものが渦巻いていた。
****
会議が終わり、人払いを済ませた後。
私室で待っていたレオンハルトに、ユリウスは真っ直ぐ歩み寄った。
「済まない、レオン。また、お前を頼ってしまうことになる。聖者なのに騎士団など……」
「いいぜ。問題ない」
「情けない……お前の名を出さなければ、皆の不安は拭えない。また、私はお前を利用してしまった」
「ふっ、何を気にやむ。俺は、嬉しかったぜ、ユリウス。誰でもない、俺を頼ってくれて……」
「しかし……」
レオンハルトは、やれやれまたか、と首を横に振った。
「元気出せって、子猫ちゃん」
大きな手で、彼の頭をポンポンと優しく撫でた。
「俺はお前の役に立てるのが嬉しいんだ。だから、どんどん俺を頼れよ。わがままでいい。なんでも聞いてやる。俺はお前のためだけにここに居るのだから……」
ユリウスの瞳が揺れる。
真っ直ぐな気持ちがどんどん押し寄せ、ユリウスの心は追いつけない。
「……どうして、そこまで」
「決まってんだろ。お前を好きだからだ」
「……!」
頬が一瞬にして真っ赤に染まる。
声が出ない。心臓が暴れ馬のように騒ぎ、言葉を押しつぶしてしまう。
レオンハルトはそんな反応を楽しむように口角を上げた。
「なぁ、もう隠すのはやめろよ。お前だって俺を求めてただろ」
「そ、そんなこと……!」
「夜中に俺の体にしがみついて、離さなかったのは誰だ?」
「……!」
ユリウスは両手で顔を覆った。
だが、次の瞬間、勇気を振り絞るようにレオンハルトを見上げる。
「……本当に、いいのか? 私はわがままで」
「何度でも言う。お前はわがままなままでいい」
その言葉に、ユリウスの心が溶けていく。
気がつけば、自ら一歩踏み出していた。
レオンハルトの胸に飛び込み、ぎこちなく腕を回す。
「……ありがとう」
小さな声だった。
だが、その一言には彼の全てが詰まっていた。
レオンハルトは優しく抱き返し、囁いた。
「感謝はいらねぇ。その代わり……ずっと俺の隣にいろ」
二人は、そのまま唇を合わせた。
****
さて、そんな二人の会話を扉の裏で聞いていた人物がいる。ロイである。
二人は、建国祭、この暗殺未遂事件を通して急速に距離が縮んだ。
それは察していた。
(……俺にだってチャンスはまだあるはずだ……)
唇を噛みしめ、静かにその場から消えていった。




