09-1 ずっと俺の隣にいろ(1) 暗殺者の足音
建国祭から数日が経った。
王都はまだ祭りの余韻を引きずり、街のあちこちに彩りが残っていた。
だが城の中は、浮かれた雰囲気とは対照的に緊張感に包まれていた。
ユリウスは執務机に向かい、山積みの書類に目を通していた。
王位継承を済ませた彼の一日は、重責に追われていた。
ふと視線を上げると、窓の外に見慣れた人影が立っていた。
「……また来たのか?」
わざと素っ気なく声をかける。
「またとはなんだ。俺はお前の護衛だろ」
腕を組んで立つレオンハルトは、いつも通りの余裕を漂わせていた。
「書類に埋もれて倒れてたら困るからな」
「私は子供じゃない!」
反論しながらも、ユリウスの胸は温かく満ちていた。
建国祭の夜――あの告白と口づけ。
それ以来、二人は互いを意識しながらも、どこかぎこちなく距離を測っていた。
「……お前は、どうしてそんなに落ち着いていられるんだ?」
「落ち着いてねぇぞ。お前が横にいると、心臓がやかましい」
「……!」
赤面しそうになるのを必死に堪え、書類に視線を落とした。
こんなふうにからかうのはいつものことなのに、今は妙に刺さる。
恋人になったという事実が、すべてを違って見せていた。
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そんな甘いやり取りを遮るように、部屋の扉がノックされた。
「失礼いたします!」
現れたのは側近のルカだった。
息を切らし、焦りの色を隠せない。
「ユリウス様、重大な報告がございます」
「どうした、ルカ?」
ルカは一度息を整え、言葉を選ぶように口を開いた。
「王都に、魔族が潜伏している可能性が高いとの情報が入りました」
「……魔族……建国祭の間に……?」
ルカはうなずいた。
ある程度は想像通りだった。
ユリウスとレオンハルトは目くばせして確認をとる。
「はい。王城の警備をすり抜け、王族暗殺を企てていると。既に何人か、影のように消えた兵が……」
室内の空気が一気に張り詰めた。
想像以上に近くまで潜入されている。
ユリウスの背筋に冷たい汗が流れる。
「……王族……私を狙っているというのか」
「可能性は高いです」
ルカの声は重かった。
「既に、いつどこから襲撃されてもおかしくありません」
ユリウスの胸に不安が渦巻く。
しかし、その隣に立つレオンハルトは、いつものように涼しい顔で言った。
「なるほどな。だが安心しろ」
「安心……?」
「狙われてるなら、俺が代わりになってやればいい」
言葉の意味を理解した瞬間、ユリウスは目を見開いた。
「まさか……お前が、私の影武者に?」
レオンハルトは口の端を上げ、愉快そうに笑った。
「そういうことだ。どうせ暗殺者なんざ、拳で迎えてやれば終わりだ」
ユリウスは思わず立ち上がる。
「命を狙われているのは私なんだ! お前が代わりに……そんなの、耐えられない!」
必死の声が室内に響く。
その真剣さに、レオンハルトは一瞬だけ表情を和らげた。
「……心配してくれるのか?」
「当たり前だろ!」
「フッ、そうか」
大きな手がそっとユリウスの頬に触れる。
「でもな、ユリウス。お前が死んだら、国も俺も終わりだ。俺はお前を守るためにここにいる」
まっすぐな瞳に見つめられ、ユリウスの心臓が痛いほど跳ねた。
恐怖と同時に、どうしようもない安心感が湧き上がる。
「……ほ、本当に大丈夫なのだな?」
「ははは、俺にとっちゃ散歩みたいなもんだ」
また余裕の笑みで返され、ユリウスは呆れながらも微笑んでしまった。
この人なら――そう思わせる不思議な力があった。
****
その夜。
王城の一角、誰も使っていない部屋に、闇が忍び寄っていた。
窓から滑り込むように現れた影は、人の形をしていながら異質だった。
漆黒の肌、赤い瞳、そして冷たい刃を携えている。
「……標的は国王ユリウス」
低い声が闇に溶けた。
「聖者が守っていようと、必ず討つ」
影は音もなく廊下へと消えていく。
王城の空気が、さらに冷たく張り詰めていった




