01-4 気になるむかつくやつ(4) 王の如き聖者
疲れ切ったはずの兵士たちの声に、もう一度力が宿る。
絶望を吹き飛ばしたのは、やはり一人の拳だった。
残った魔物たちも、ことごとく倒されていく。
最後の一体を叩きのめしたレオンハルトは、拳を天に向け高々と掲げた。
その姿を見て、兵士たちは歓声を上げる。
「聖者様だ! 聖者様が救ってくださった!」
「勝った! 本当に勝ったぞ!」
その熱狂の中で、ユリウスの胸にも熱が広がっていた。
(……よくやってくれた、本当に……)
ユリウスは安堵のあまり、胸を押さえて小さく息を吐いた。
だが、その姿をレオンハルトは見逃さなかった。
「おや? さっき目ぇつぶって祈ってただろ」
「っ!? ち、ちが……! 私は別に祈ってなどいない!」
「へぇ、かわいい顔して必死に祈ってたじゃねぇか」
「かっ、かわっ……!? 馬鹿を言うな!」
耳まで真っ赤にしてそっぽを向くユリウスに、レオンハルトは豪快に笑った。
兵士たちも互いに労をねぎらい、勝利の余韻に浸った。
しかし、その輪の外で膝をついている青年がいた。
魔導士セドリックである。
「……なぜだ。なぜ私のゴーレムは……」
彼の声は震え、肩も小刻みに揺れていた。
膨大な魔力を注ぎ込み、誇りをかけて作り上げた兵器は、あまりにも無惨に壊れ果てた。
そして、自分が誇示した力を、あの聖者はただの拳で凌駕してしまった。
「私は……役立たずだったのか」
悔しさと虚しさに涙が滲む。
ユリウスはその姿に胸を痛め、思わず歩み寄った。
「セドリック……お前は良くやった。自分を責める必要などない」
「ですが、殿下……! 私の力では魔物を止めることは出来なかったのです……」
セドリックは涙をこらえきれず、うつむいた。
その頭上に、大きな手がどんと置かれる。
「泣くな、男だろ」
レオンハルトの低い声。
セドリックが顔を上げると、そこにはいつもの豪胆な笑みがあった。
「お前のゴーレムが道を拓いたから、俺の拳が届いたんだ。違うか?」
「……!」
「兵器が壊れたからって全部が無駄じゃねぇ。戦場にゃ『繋ぐ』力も必要なんだよ」
セドリックの頬を伝う涙が、別の熱で乾いていく。
ユリウスも、その言葉に胸を打たれていた。
(……そうだ。あのゴーレムが魔物を引き受けたから、レオンハルトが一撃を放つ時間を得られたんだ)
セドリックは唇を震わせながら、それでも必死に言葉を返した。
「……ありがとうございます、聖者様。私……もっと強くなります。いつか、あなたと肩を並べられるほどに」
レオンハルトは声を上げて笑う。
「おう、好きに強くなれ。その時は拳で勝負だ」
「えっ……拳で?」
「当然だろ? 男は拳ひとつで語り合うもんだ」
「そ、そんな無茶な……!」
セドリックが慌てる様子を見て、兵士たちは大笑いした。
ユリウスも思わず吹き出しそうになった。
けれど、その笑みの奥にはほんの少しの嫉妬もある。
(……レオンハルトは、誰にでもこうやって懐に入っていく……)
胸の奥でモヤモヤが渦巻いたが、それを顔には出さず、ユリウスは軽く息を吐いた。
「よし、これで戦は片付いたな。兵ども、怪我人の手当てに移れ!」
ユリウスは号令をかけた。
兵士たちが一斉に動き始め、戦場は再び生の喧騒を取り戻した。
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その夜、王城の大広間には灯がともり、祝勝の宴が開かれた。
焼かれた肉の香ばしい匂いと、杯を打ち鳴らす音が満ちる。
兵士たちは互いの無事を喜び合い、笑い声が絶えなかった。
ユリウスは上座に座りつつ、ちらりとレオンハルトを見やった。
彼は豪快に肉を頬張り、隣の兵士に酒を注ぎ、怪我をした者には声をかけている。
その様子は乱暴で粗野に見えるが、不思議と周囲の心を軽くしていた。
(……なぜだ。彼は魔法も使えない。ただの男にすぎないのに。それどころか、王子である私を平気でからかい、無礼なことばかり言うというのに……)
ユリウスは盃を口に運び、苦い酒で喉を湿らせる。
(それでも、目を離せない。あの気安さが、周りの人への気遣いであり、やさしさなのか……?)
答えは出ない。
だが一つだけ確かなのは、彼と話すたびに胸が高鳴り、どこか浮き立つ自分がいるということだ。
(これは……説明できない。私はただ、王子として聖者の資質を見極めたいだけのはずなのに……)
小さく息を吐き、心のざわめきを押し込める。
(ま、いい。ともかく……少しくらいは役に立つ男というのは変わらない。多少、うるさくてもな)
そう心の中で呟き、ユリウスは杯を傾けた。
その視線の先では、レオンハルトがまた兵士たちに囲まれ、笑い声を響かせていた。




