08-4 好きになってしまうじゃないか(4) 灯りの散歩道
夕暮れが訪れると、王都は再びざわめきに包まれた。
無数の提灯が灯され、夜空には花火が咲く。
昼間の熱狂が冷めるどころか、夜の幻想に変わり、人々の笑顔はより鮮やかに輝いていた。
ユリウスは王としての役目を終え、こっそりと城を抜け出していた。
護衛には当然レオンハルトがついてくる。
「……祭りの夜くらい、一人で歩きたかったのに」
不満げに言うユリウスの隣で、レオンハルトは肩をすくめた。
「無理言うな。子猫ちゃんが人混みに放り込まれたら、一瞬で迷子だろ」
「なっ、お前……!」
ユリウスの頬がふくらむ。
だが、心の奥では当然のこと、嬉しくて仕方ない。
(こいつと一緒なら、迷子になってもいい……むしろそしたら……)
そんな風に思ったユリウスは、「ほら、いくぞ」と手を引くレオンハルトの顔をチラッと伺った。
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二人は人混みを抜け、小さな裏通りへと足を運んだ。
喧騒から外れた場所には、屋台がぽつんと並び、香ばしい匂いが漂っていた。
「ほら、綿菓子だ。甘いの好きだろ?」
レオンハルトが買ってきた大きな綿菓子を差し出す。
ユリウスは戸惑いながらも、恐る恐る一口。
「……甘い」
「だろ? 顔がとろけそうになってんぞ」
「なっ……! べ、別に……!」
言葉とは裏腹に、頬がほんのり赤らむ。
そんな様子をレオンハルトは楽しげに見つめていた。
「……お前は、本当に何でもない顔で私をからかうんだな」
「お前が可愛いからな」
「……!」
その一言に、ユリウスは思わず立ち止まった。
胸が跳ね、視線を逸らすことさえできない。
「か、可愛いって……王に向かって、なんて無礼な……!」
「じゃあ、王じゃなくて一人の男、ユリウスとして言う」
レオンハルトの声は、真剣味を帯びていた。
「……お前は、可愛い」
心臓が破裂しそうな沈黙。
周囲の喧騒が遠のき、二人だけの世界が広がる。
「……ずるいぞ、そうやって……」
ユリウスは小さく呟き、綿菓子を見つめたまま俯いた。
「私は……王になったんだ。弱いところなんて、誰にも見せてはいけないのに」
レオンハルトは黙って近づき、彼の肩に手を置いた。
「誰にも見せられないなら、俺だけに見せりゃいい」
その言葉に、ユリウスの胸の奥が熱くなる。
ずっと抑えてきた不安も、孤独も、溶かされていくようだった。
「レオン……」
名を呼んだ瞬間、花火が夜空に咲いた。
鮮やかな光が二人を照らし、影を重ねる。
ユリウスは花火を仰ぎながら、そっと心に決めた。
(もしも……もしもこの人が隣にいてくれるなら。私は、王として永遠に歩んでいける……)
そしてほんの一瞬、彼は無意識のままレオンハルトの袖を掴んでいた。
それだけで、胸のざわめきが少し落ち着いた気がした。
「……俺を決して離すなよ、子猫ちゃん」
「なっ……!」
顔を真っ赤にしながら、ユリウスは袖を放そうとした。
だがレオンハルトは握り返すように、彼の小さな手を包んだ。
「……まぁ、俺がお前を離さないがな」
「……!」
夜空に響く花火と歓声の中、二人は唇を重ねた。
二人だけが別の鼓動を共有していた。




