08-2 好きになってしまうじゃないか(2) 謎の戦士現る
朝の鐘が鳴り響くと同時に、王都は建国祭一色に染まった。
大通りには屋台が立ち並び、香ばしい串焼きや甘い蜜菓子の匂いが漂い、人々は色とりどりの衣をまとって踊り歌った。
太鼓の音、笛の音、笑い声が混ざり合い、街は熱気に包まれている。
だが、今年の建国祭は例年とは違った。
午前、祭りの幕開けに先立ち――ユリウスの「正式即位の儀」が盛大に執り行われたのだ。
王城前の大広場に集まった民衆は、視界の果てまで埋め尽くしていた。
高く掲げられた王笏が陽光を反射し、光の粒を散らす。
合図と共に無数の白鳩が一斉に放たれ、天空を舞った。
さらに、城の塔からは色鮮やかな花びらが降り注ぎ、まるで空そのものが祝福しているかのようだった。
「新しき王、ユリウス・アルビオン陛下に――万歳!」
群衆から歓声が沸き上がり、地鳴りのように大地を震わせる。
その光景を見たユリウスの胸は、緊張と誇らしさでいっぱいになった。
背後に控えるレオンハルトは、口元にわずかな笑みを浮かべていた。
「ほらな。堂々としてりゃいい」
その小さな囁きが、ユリウスの背を確かに支えていた。
そして――即位の儀を終えた王の初めての姿を、民たちは涙と歓声で迎えたのだった。
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ユリウスは王城の特設バルコニーから、その熱狂の余韻を眺めていた。
視線の先では、民たちが思い思いに楽しみ、子どもたちが走り回っている。
彼の心にも、自然と笑みが浮かんだ。
「ユリウス様。お支度は整いました」
ルカが控えめに声をかける。
「本日午後には、武道大会のご観覧もございます」
「うむ……」
ユリウスは小さく頷きつつも、胸が高鳴るのを感じていた。
観覧席に座るだけなのに、なぜか落ち着かない。
原因は分かっている――レオンハルトの存在だ。
「……あいつ、どこで何をしてるんだろう」
思わず漏らした独り言に、ルカはくすりと笑った。
「聖者様なら、きっと殿下のすぐ近くに現れますよ」
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一方その頃、レオンハルトは人混みの中にいた。
普段の白い聖衣を脱ぎ捨て、地味な布服と布の頭巾で変装し、まるで旅人のような姿で屋台をひやかしていた。
「おっ、これは旨そうだな。……一本くれ」
「はいよ! 聖者様に食べてもらえるなんて光栄だ!」
店主に気付かれてしまい、レオンハルトは苦笑した。
「しっかりバレてんじゃねえか……」
それでも子どもたちから手を振られると、頭を撫でてやり、笑みを返す。
聖者としての威厳など微塵もない。
だがその飾らない姿が、かえって人々の心を掴んでいた。
そんな彼の背後から、豪快な笑い声が響いた。
「はっはっは! やはり貴殿がレオンハルト殿か!」
振り返ると、そこには筋骨隆々の男が立っていた。
鮮やかな赤の軍服に身を包み、胸には数々の勲章。
彼の名は――ガルド・バルネス。
王国最強と謳われる武将であり、今回の武道大会を取り仕切る人物だった。
レオンハルトと会うのは、今回が初めて。
「……さて、自己紹介はこれぐらいでいいだろう……さぁ! 我は強者を求める男! 聖者殿、どうだ? 本日の武道大会、客人ではなく挑戦者として参加してみぬか?」
「……な、ずいぶん突然だな……それに、俺は殴るのは仕事の時だけだぞ」
レオンハルトが断ろうとするも、ガルドは意に介さず笑い飛ばした。
「遠慮することはない! 力こそが人を惹きつけ、国を守る! 民もまた、聖者殿の豪腕を見たいと願っておるはず!」
その豪快な気迫に、人だかりが生まれていく。
引くに引けない雰囲気。
レオンハルトは頭を掻きながら、ため息を吐いた。
「……ったく。お祭りだってのに、面倒ごとが寄ってくるな」
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午後、王城前の広場に設けられた特設闘技場。
観覧席にはユリウスが座り、民衆で埋め尽くされた客席から大歓声が上がっていた。
「次なる挑戦者――正体不明の謎の戦士!」
司会の声と共に現れたのは、布の頭巾で顔を隠したレオンハルトだった。
その姿にユリウスは目を見開く。
「な、なにをしてるんだアイツ……!」
ルカが苦笑しつつ小声で呟いた。
「どうやら、将軍ガルド様の挑発に乗ったようですね」
「本当に余計なことを……!」
ユリウスは思わず身を乗り出す。
だが胸の奥では、抑えきれぬ期待が膨らんでいた。
観客の声援の中、ガルドが大剣を担ぎ、闘技場に立つ。
その筋肉は鎧すら弾き飛ばしそうで、観客の熱気は最高潮に達していた。
「さあ! 聖者殿――いや、謎の戦士よ! 我が剛剣受け止められるか試されよ!」
レオンハルトは布頭巾の奥でにやりと笑った。
「……わざと負けてやろうと思ったけどな。あんたの気迫を見たら……少し本気を出す気になったぜ」
闘技場に緊張が走る。
次の瞬間、観客が一斉に立ち上がった――!




