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08-1 好きになってしまうじゃないか(1) 建国祭と二人の誓い

清々しい風が王都を駆け抜けていた。

明日から三日間、建国祭が催される。

王国最大の祭典に向けて、街は準備で賑わい、通りには屋台が並び、色鮮やかな布や飾りがひらひらと揺れている。


ユリウスは王城のバルコニーからその光景を見下ろしていた。

民たちの笑顔、踊る子どもたち、香ばしい匂い――祭りの熱気はもう始まっていた。


「……建国祭か」


小さく呟いた声は、風に紛れて消えていく。

例年、この祭りは国王が中心となって開かれる。

だが今年は、ユリウスが「新たな王」として人々の前に立たねばならない。


胸の奥に、緊張と責任の重みが広がった。


「おい、子猫ちゃん。浮かない顔してんな?」


不意に背後から声がかかった。

振り返れば、そこに立っていたのはレオンハルトだった。

軽い足取りで近づき、肘を欄干にかけ、夜空を仰ぐ。


「……レオン、お前こそ勝手に入ってきて」

「護衛だからな。お前が夜風で風邪でも引いたら、俺の責任だろ?」


軽口を叩きながらも、その眼差しは鋭くユリウスを見ている。

ユリウスは視線を逸らし、夜空に浮かぶ星を見上げた。


「……明日、私は代理を返上し、正式な王として皆の前に立つ。笑顔でいられる自信なんてないさ」

「無理に笑うな」


レオンハルトの声は低く、けれど温かい。


「ありのままのお前を見せりゃいい。民は虚勢より、素直な姿の方を好む」


その一言が、ユリウスの胸にすっと染み込んだ。

だが同時に、彼の口元は思わず尖った。


「……簡単に言ってくれるな」

「簡単じゃねえさ。俺だって拳を振るうとき、毎度心臓が跳ねる。でもさ、怖がる自分を隠さずに前に出るのが、本当の勇気ってやつだろ?」


その真剣な言葉に、ユリウスは素直に頷くことはできず、つい意地を張る。


「ふ、ふん……意地悪な聖者に説教されるなんて、不愉快だ」

「おや、顔が真っ赤な子猫ちゃんは誰だ?」


「ち、ちがっ……!」


レオンハルトのからかいに、ユリウスは慌ててそっぽを向いた。

その様子を見て、彼は喉の奥で愉快そうに笑う。


そんな甘いやり取りの最中、扉がノックされた。


「ユリウス様、失礼いたします!」


側近のルカが慌てた様子で駆け込んでくる。


「どうした?」

「はい、街で小競り合いが発生しております。祭りの準備で酔った者たちが暴れて……警備隊だけでは手に負えません!」


報告を受け、ユリウスは身を翻した。

だがその腕をレオンハルトが軽く掴む。


「行くのは俺だ」

「しかし……!」


「お前は明日、王として人前に立たなきゃならねえ。今夜くらいは、俺を頼れ」


ユリウスは一瞬、言葉を失った。

その真っ直ぐな瞳に見つめられると、何も言い返せない。


「……わかった。だけど、無茶はするなよ」


思わず口から漏れた言葉に、レオンハルトはにやりと笑う。


「へぇ……可愛いな」

「ち、ちがっ……!」


またも顔を赤くしたユリウスを残し、レオンハルトは颯爽と広間を後にした。

その背中を見送りながら、ユリウスは胸の鼓動を抑えきれずにいた。


(どうして、あんなに平然と私を支えてくれるんだろう……)


窓の外、街の灯がゆらめく。

祭りの前夜、胸の奥に芽生えたざわめきは、もう抑えられそうになかった。

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