表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/79

07-3 お前のおかげだよ(3) 守る者の誇り

魔獣が大地を踏み鳴らした。

そのたびに石畳が砕け、広場の柱が倒れる。

赤黒い瞳がレオンハルトを射抜き、涎の混じった咆哮が人々の耳を劈いた。


「グオオオオオオッ!」


群衆は悲鳴を上げ、必死に逃げ惑う。

ユリウスも思わず胸を押さえた。

常人ならば立っているだけで気を失うだろう。

だが、レオンハルトは一歩も退かない。


「化け物だろうが何だろうが……」


低く呟き、彼は拳を握った。


「俺にとってはただの殴る対象だ」


――その言葉に、ユリウスは思わず口元を覆った。

恐怖の中で、不覚にも胸が熱くなる。


魔獣が吠え、爪を振り下ろす。

鋼鉄の槍のような腕が、空を裂いて迫る。

レオンハルトは避けなかった。

真正面から、その拳を振り上げた。


「はあああっ!」


――轟音。


信じられない光景だった。

魔獣の爪と聖者の拳が衝突し、衝撃波が広場全体に広がる。

瓦礫が舞い上がり、民衆の悲鳴がかき消される。


次の瞬間。


折れたのは、魔獣の爪の方だった。


「なっ……!」

「聖者が……素手で……」


群衆の驚愕が広がる。

兵士たちですら目を見開き、武器を握る手を止めた。


魔獣は怒り狂い、さらに顎を開いて火炎を吐き出す。

灼熱の業火が一直線にレオンハルトを呑み込もうとした。


「レオンハルト!」


ユリウスが思わず叫ぶ。


だが――炎は届かなかった。

レオンハルトは拳を前に突き出し、炎の中心を殴り抜いたのだ。


爆発したかのように火炎は左右に裂け、周囲の建物の壁を焼いた。

レオンハルトの姿は一切揺るがず、逆に光を纏って立っていた。


「……聖光……」


ユリウスが息を呑む。


「まさか、殴ることで……聖力を纏わせているのか……!」


ユリウスは震えながら見つめる。

魔法を一切使わない彼が、それでも“聖者”と呼ばれる理由。

その答えが、今この瞬間に示されていた。


魔獣が突進してくる。

地響きとともに、広場全体が揺れる。

だが、レオンハルトはその進路に立ち、静かに拳を構えた。


「王子を傷つける輩は――俺が裁く」


その言葉と同時に、拳が振り抜かれた。


――ドォンッ!


雷鳴のような轟きが広場を揺らし、魔獣の巨体が吹き飛ぶ。

石造りの塔に叩きつけられ、崩れ落ちる瓦礫に埋もれる。

それでも魔獣は立ち上がり、咆哮した。


「グオオオオオッ!」


血に濡れた牙を剥き、最後の力で飛びかかる。

その瞬間、レオンハルトは崩れた塔の鐘を引きちぎり、拳に抱え込んだ。


「聖なる鐘よ、共に鳴り響け!」


鐘を振りかぶり、魔獣の頭上に叩きつける。

轟音とともに聖光が弾け、魔獣の身体を光が包み込んだ。


「グアアアアアアアッ!」


断末魔の叫びが空に溶け、魔獣は粉々の光となって消え去った。


広場に静寂が訪れる。

ただ、鐘の余韻だけが鳴り響いていた。


レオンハルトは鐘を地に置き、手についた血を払うように軽く振った。


「……これで終わりだ」


その背を、群衆は呆然と見つめ、次いで歓声に変わった。


「聖者だ!」

「殿下を守った!」

「王国の英雄だ!」


歓声が波のように広がり、広場を埋め尽くす。


ユリウスは胸が熱くなり、無意識に涙がこぼれていた。

恐怖でも、絶望でもない。

圧倒的な力を示しながらも、最後には必ず自分の隣に戻ってくる――その信頼が涙を誘ったのだ。


その時、レオンハルトが振り返り、ユリウスに微笑んだ。


「泣くなよ、子猫ちゃん。お前が祈ってくれてたから勝てたんだ」


ユリウスは慌てて袖で目を拭い、顔を赤らめて叫んだ。


「なっ……泣いてない! 勝手なことを言うな!」


その反応を楽しむかのように、レオンハルトはまたにやりと笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ