06-2 お前の側にいたい(2) 渦巻く陰謀
王城全体が重苦しい空気に包まれていた。
父王の崩御という事実はすでに広がり、廊下を行き交う侍女や兵士の表情からは緊張と不安が隠しきれない。
ユリウスはまだ寝室で父の亡骸と向き合っていた。
その隙を狙うかのように、別の場所では静かに動き始める影があった。
――叔父、王弟エドマンド。
かつては王の弟として忠実に仕えていたが、次第に野心を募らせ、王位への執着を隠さなくなっていた。
彼は早くも一部の貴族を味方につけ、「王位は自分が継ぐべきだ」と吹聴し始めていたのだ。
その噂を耳にしたのが、副官ロイだった。
彼は一人の男としてレオンハルトに恋をしていた。
だが同時に、主君ユリウスを守る責務を忘れてはいない。
「ユリウス殿下が立ち上がる前に……エドマンド様の企みを突き止めねば」
ロイは一人、夜の回廊を駆けていた。
――そして、王城の地下へ。
冷たい石造りの廊下は、昼間でも薄暗く、いまは灯火すらまばらだ。
耳を澄ませば、遠くから低い笑い声が聞こえてくる。
ロイは柱の影に身を隠し、慎重に覗き込んだ。
そこには、黒衣をまとった数人の男たちが集まっていた。
中心に立つのは、金色の刺繍を施したマントを羽織った壮年の男――王弟エドマンドだ。
「兄は逝った。次は私の時代だ」
その声はよく通り、冷酷な響きを持っていた。
「甥のユリウスは気弱で争いを好まぬ。民衆は一見好んでいるように見えるが、王に相応しい器ではない」
「ですが、ユリウス殿下は正統なる後継ぎ……」
「正統? 笑わせるな。力なき正統など意味はない。民は結局、強き者に従うのだ」
エドマンドの口調は自信に満ち、すでに王位を手にしたかのようだった。
その横で頷くのは、一部の有力貴族たち。
どうやら既に買収や脅迫が済んでいるらしい。
(……やはり。殿下を王位から退けるつもりか)
ロイは拳を握りしめた。
これ以上、彼らの好きにはさせられない。
だが次の瞬間――。
「そこにいるのは、誰だ」
鋭い声が地下に響いた。
気づけば、背後に回り込んでいた兵士が松明を掲げ、こちらを照らしていた。
「くっ……!」
ロイは飛び出し、剣を抜いた。
しかし、敵は多い。十人以上の兵士が一斉に取り囲み、逃げ場を塞いでいた。
エドマンドが冷笑する。
「ユリウスの手下風情が、私の前に立つとはな」
「殿下を貶めることは、私が許さない……!」
ロイは必死に剣を振るい、数人を退けた。
だが次々と押し寄せる兵に押さえつけられ、やがて地に膝をついた。
「ふん、やはり無力だな」
エドマンドはロイの顎を無理やり持ち上げ、見下ろすように笑った。
「その熱意だけは買ってやろう。だが、愚かだ。お前のような駒など、簡単に処分できる」
兵士たちが縄を取り出し、ロイの腕を縛り上げた。
必死に抗うも、数の力には敵わない。
(……くそ……まだ、殿下にもレオン様にも何も伝えられていないのに……!)
心の中で叫ぶ。
その瞳には悔しさと、ほんの僅かな恐怖が滲んでいた。
こうしてロイは捕らえられ、エドマンドの手の内に落ちたのだった。