06-1 お前の側にいたい(1) 愛と王位の間で
王城の奥深く、重厚な扉の前でユリウスは立ち止まっていた。
扉の向こうに待つ現実を思うと、胸が締め付けられる。
「……殿下」
側近のルカが静かに声を掛ける。その声音はいつもより低く、哀しみを含んでいた。
「父上は……」
言葉を最後まで告げる必要はなかった。ルカが小さく首を振る。それだけで十分だった。
ユリウスは唇を強く噛みしめる。
足が重く、前へ進むことを拒む。
けれど逃げることはできない。王族として、息子として、確かめなければならなかった。
意を決し、扉を押し開く。
そこには、静かに横たわる父の姿があった。
高貴な顔立ちはそのままなのに、血色は失われ、まるで精巧な彫像のように冷たく硬い。
寝台の周囲には侍医や神官たちがひざまずき、沈痛な面持ちで祈りを捧げていた。
ユリウスはふらつく足取りで近づき、寝台の縁に膝をついた。
「……父上」
掠れる声が室内に響く。
だが返事はない。当たり前だ。
もう二度と、その声を聞くことはできないのだから。
胸の奥がぎゅっと締め付けられ、熱いものが込み上げてくる。
涙を見せてはならない――そう自分に言い聞かせるが、瞳はすぐに潤み始めた。
「殿下……」
ルカがそっと肩に手を置く。
その優しさが逆に堪えきれなくて、ユリウスは顔を伏せた。
(……父上。私は、どうすればいいんですか)
民を思い、争いを避けてきた王。
その姿を誰よりも尊敬していた。
だが自分に同じことができるのか――答えは出ない。
そのとき。
「ユリウス」
低く落ち着いた声が背後から響いた。
振り返れば、扉の陰からレオンハルトが姿を現した。
いつもの無骨な鎧姿。だがその眼差しは、いつになく優しい光を湛えている。
彼は一歩、また一歩と近づき、ためらうことなくユリウスの肩に大きな手を置いた。
その温もりに、張り詰めていた心がわずかに緩む。
「……泣いてもいい」
囁かれたその言葉に、堪えていた感情が一気にあふれた。
「っ……私は……王になんて、なりたくなかった……!」
声が震え、涙が頬を伝う。
「争いも、血も……全部、嫌なんだ……! どうして私なんだ……!」
子供のように吐き出す言葉を、レオンハルトは遮らなかった。
ただ黙って抱き寄せ、その頭を大きな手で優しく撫でる。
「お前が望まなくても、民はお前を望んでいる」
「私なんかが……!」
「だから俺がいる」
その声音は驚くほど真剣で、揺るぎなかった。
「俺の拳がある限り、誰にもお前を傷つけさせない」
耳元で響く声に、ユリウスの胸は大きく揺れた。
不安も恐怖も、少しずつ和らいでいく。
同時に、心臓の鼓動がやけに大きくなり、顔が熱くなる。
「……馬鹿。そんなこと、簡単に言うな」
涙混じりの声で精一杯の強がりを返す。
けれど頬は赤く染まり、視線を逸らすしかなかった。
レオンハルトは苦笑し、だが真剣な眼差しを崩さない。
「簡単じゃない。本心だから言った」
静まり返った寝室に、二人の呼吸だけが響く。
ユリウスはそっと目を閉じ、その胸に身を委ねた。
父の死で押し潰されそうな心を、彼の腕が確かに支えてくれていた。