05-2 こんなにも好き、なのか?(2) 魔法の理
災厄の中心地は、王都から半日の距離にある古代遺跡だった。
空が紫に裂け、地面からは光の柱が幾筋も立ち昇っている。
近づくだけで皮膚が焼けるような魔力の圧が押し寄せ、兵士たちは顔を強張らせていた。
「な、なんだこの力は……!」
「立っているだけで吐き気が……!」
怯える兵士たちの中、ただ一人、白いローブを翻して立つ影があった。
細身の青年。栗色の髪に眼鏡、指には魔導士特有の印が刻まれた指輪。
「来たか、聖者」
彼は振り返り、落ち着いた声で言った。
「私はクレイン。王国魔導院より派遣された調査官だ」
レオンハルトは敬礼に応じる。
クレインは眼鏡の奥で瞳を光らせ、遺跡の中心を見つめる。
「クレイン殿」
ロイが一歩前に出る。
「こちらの状況を教えていただけますか?」
「これは単なる暴走ではない。誰かが意図的に仕掛けた“呪式”だ。魔力の渦がここまで大規模に広がるには、少なくとも三十層以上の陣を重ねている」
「三十層以上……そんなことが可能なのか」
ロイが思わず息を呑む。
「再構築しなければ止まらない。だが、再構築は術者本人しかできない。ゆえに――私が代わりにやる」
そう言って、クレインは膝をつき、地面に指で魔法陣を描き始めた。
円環、幾何学、古代文字。
指が走るたび、光が迸り、陣は複雑さを増していく。
周囲の兵士たちは息を呑んだ。
誰もが理解できぬ高度な術式。しかし彼は迷いなく組み上げていく。
レオンハルトは腕を組んだまま動かない。
ロイは黙って見守りながら、隣のレオンハルトに視線をやる。
「……どう思われますか、レオン様」
「まぁ、信じるより他はない」
レオンハルトは淡々と答え、ロイは小さく笑った。
(どんな時でも揺るがない……やっぱり、この人は……)
ロイは、レオンハルトの代わりに尋ねた。
「そんな細工で、本当に止まるのか?」
「止まるとも」
クレインは顔を上げ、きっぱりと言った。
「魔法は理だ。理に従えば必ず収束する。拳で殴るなど野蛮な真似をしなくてもな」
その言葉には明らかな皮肉が混じっていた。
兵士たちの間に小さなざわめきが走る。
しかし、レオンハルトは気にした様子もなく、ただ「そうか」と一言だけ返した。
クレインは再び術式に集中する。
額に汗を滲ませ、必死に線を引き重ねていく。
やがて巨大な光陣が遺跡全体を覆い、脈打つように輝きを増していった。
「……よし、これで収束するはずだ」
両手を合わせ、呪文を唱える。
空間の裂け目が一瞬、静まった。
兵士たちは歓声を上げかける。
だが――
バキィンッ!
鋭い音と共に、魔法陣がひび割れ、逆流した光が爆ぜた。
衝撃波が広がり、兵士たちが吹き飛ばされる。
「ぐっ……!」
クレイン自身も地に叩きつけられ、血を吐いた。
「おい!」
ルカが駆け寄る。
崩れかけた陣の中心で、なおも魔力の渦は広がり続ける。
空間の裂け目がさらに大きく口を開け、周囲の大地を呑み込み始めた。
「……失敗……だと……?」
クレインが呻きながら、震える手で陣を見つめる。
「ありえない……俺の術式が……」
その絶望を見つめ、レオンハルトが低く呟いた。
「――やはり、理屈じゃない何かなのだろう」
その眼差しは、崩壊の中心に向けられていた。




