04-4 好きになったかも(4) 羨望と嫉妬
夕刻。王城の執務室に再び静けさが戻った。
窓から射し込む橙の光が長く伸び、机に置かれた書類を淡く染める。
ユリウスは椅子に腰掛けたまま、じっと拳を握りしめていた。
頭の中では、広場での光景が何度も何度も蘇っていた。
(……群衆は、言葉には耳を貸さなかった。けれど……彼の拳ひとつで、すべてが止まった)
圧倒的な力。
それだけで民衆の怒りをねじ伏せ、そして恐怖ではなく敬意を抱かせる。
あの姿は――まるで本物の王そのものだった。
「……私は……」
呟きかけた言葉は、そこで途切れる。
胸の奥がざわめき、思考が絡まり合う。
その時、扉が叩かれた。
「失礼いたします」
入室したのはルカだった。
深々と一礼し、落ち着いた声で報告を告げる。
「先ほどの反乱、聖者様の介入によって収束いたしました。民は武器を捨て、城下は静けさを取り戻しつつあります」
「……そうか」
ユリウスの声は硬い。
安堵よりも、胸を締め付ける感情のほうが強かった。
ルカはユリウスを見つめ、少し逡巡してから言葉を継いだ。
「……王子。今回の件、確かに聖者様の力が大きく働きました。ですが」
「だが?」
「聖者様はただ力で威圧したわけではありません。民にとって正しい敵――腐敗した貴族を示し、怒りの矛先を変えました。だからこそ、服従は恐怖ではなく、信頼に近いものだったと存じます」
「……」
ユリウスは目を伏せた。
確かに、その通りだった。
レオンハルトの拳は威圧だった。けれど、その言葉は導きだった。
(……彼は……ただの武人じゃない。……人を惹きつける王者の資質がある……)
胸の奥で、言い知れぬ焦りが広がる。
自分は王子だ。王となるべき存在だ。
だというのに――まるで、レオンハルトこそが「王」にふさわしいと証明されたようで。
「……ルカ。お前はどう思う」
ぽつりと問いかける。
「何を、でございますか」
「……もし、あの場に私一人しかいなかったら。……民は、私に従ったと思うか?」
沈黙が落ちる。
ルカは目を伏せ、やがて静かに答えた。
「……恐れながら、従わなかったかと」
ユリウスは唇を噛んだ。
痛みが走るが、それでも声を絞り出す。
「やはり……私はまだ……王にはなれぬのだな」
その姿を見つめ、ルカの瞳にわずかな憂いが宿る。
だが彼は言葉を重ねなかった。
ただ深く頭を垂れ、静かに部屋を去っていった。
残されたユリウスは椅子に身を沈め、両手で顔を覆った。
(……彼の背中を見たとき……私は……)
脳裏に浮かぶのは、民衆の前で堂々と立つレオンハルトの姿。
強さと、頼もしさと、そして何より……胸を熱くさせる存在感。
「……嫉妬しているのか……私は……」
呟いた声は、誰にも届かなかった。




