03-5 好きだなんて嘘だ(5) 夜の回廊で
夜の城の回廊。
灯された燭台の光が石壁を照らし、静けさが戻りつつある。
ユリウスは窓辺に立ち、深呼吸を繰り返していた。
(……無事に戻ってきたはずだ。ルカもそう報告した……。なのに……)
心の奥のざわめきが、どうしても静まらない。
そんな時だった。
「おや、王子様がこんなところで黄昏れてるとはな」
聞き慣れた声が背後から届き、ユリウスは振り返った。
そこに立っていたのは、戦場から帰還したばかりのレオンハルトだった。
鎧に少し傷はあるが、本人はどこ吹く風とばかりに笑っている。
「レ、レオンハルト……!」
安堵のあまり駆け寄りそうになった足を、ユリウスは寸前で止めた。
「……無事だったのか」
「おう。見ての通り、かすり傷ひとつねぇ」
わざと両腕を広げて見せるその仕草に、ユリウスの胸はどきりと跳ねる。
安堵と怒りが入り混じり、思わず声を荒げた。
「無茶をするなと……言っただろう!」
「ははっ、心配してくれてたのか? 嬉しいなぁ」
からかうように目を細め、彼は一歩近づいてきた。
距離が縮まるたび、ユリウスの頬は熱を帯びる。
「ち、違う! 私は国を背負う王子だから、聖者が無茶をすれば国が危うくなるだけで……!」
「なるほど、なるほど。つまり俺が無事で嬉しいのは、国のためってことか」
レオンハルトは低く囁き、耳元へ顔を寄せた。
その吐息が頬をかすめ、ユリウスの全身がびくりと震える。
「でもな、ユリウス。お前の瞳、俺を見つめる時は国じゃなくて“俺”を映してるぜ?」
言葉を失う。
抗いたいのに、胸の鼓動は否応なく答えを出していた。
「うっ……うるさい!」
ユリウスは思わず背を向けた。
しかし、その腕をレオンハルトがそっと掴む。
「怖がらなくていい。俺はお前を裏切らねぇし、守り抜く」
「……そんな言葉、軽々しく……」
「軽々しくなんて言わねぇ。俺の力を信じてくれていい」
囁きは真剣そのもの。
揺れる胸の奥を貫くようで、ユリウスは顔を真っ赤にした。
声にならない声を飲み込み、やっとの思いで言い返す。
「そ、そんなこと……言われなくても……信じてやる……!」
背けた顔は赤いまま。
レオンハルトは小さく笑い、ユリウスの髪をくしゃりと撫でた。
「いい子だ。子猫ちゃん」
「こっ……子供扱いするな!」
抗議の言葉すら、どこか甘やかに響いていた。
二人の間に落ちる沈黙は、不思議と心地よく、温かなものだった。
その時。
「……ここにおいでになりましたか?」
穏やかな声が回廊に響く。
ユリウスとレオンハルトが振り返ると、そこには戦場で共にいた青年――ロイが立っていた。
「ロイ……?」
レオンハルトが目を細める。
ロイは優雅に一礼し、ユリウスへと向き直った。
「お初にお目にかかります、ユリウス殿下。私はロイ。聖者様の副官として、今後お仕えすることとなりました」
「副官……だと?」
ユリウスの表情が固まる。
ロイはためらいもなく歩み寄り、レオンハルトの腕を取って組む。
「戦場で、この方の途方もない力を見ました。……私の命を救ってくださった方です。ですから、私は――聖者様、いえレオン様の傍を離れません」
「お、おい……」
レオンハルトが苦笑する間に、ロイは誇らしげに彼の隣へ寄り添った。
「それでは殿下。失礼いたします」
軽やかに言い残し、レオンハルトの腕を取ったまま歩み去っていく。
残されたユリウスは、胸の奥に説明のつかない感情が渦巻くのを覚えた。
(な、なんだ……この感情は……まるで……私が嫉妬してるようじゃないか……!)
頬を赤くし、拳を震わせるユリウス。
その鼓動は、否応なく彼の心の変化を告げていた。




