03-4 好きだなんて嘘だ(4) 心配と否定の狭間
王城の一室。
ユリウスは机に広げた地図を見つめながら、落ち着かない様子で椅子に腰掛けていた。
視線は紙の上をさまようばかりで、内容はまるで頭に入ってこない。
(……今頃、どうしている……?)
脳裏に浮かぶのは、無謀に笑って飛び出していった彼の背中。
あの時、止めたかった。けれど、止められなかった。
「……くそっ」
小さく吐き捨てる。
それでも胸の奥のざわめきは収まらない。
そこへ扉が叩かれた。
「失礼いたします、ユリウス様」
入ってきたのはルカだ。
顔には疲労が滲み、それでもきちんと礼をしてから口を開く。
「シュタイン王国軍の侵攻――聖者様が食い止められました」
「……っ!」
ユリウスは勢いよく立ち上がった。
胸を圧迫していた重しが、一瞬にして軽くなる。
「詳しく話せ!」
「はい。シュタイン軍は転移魔法で大軍を送り込もうとしましたが……聖者様が拳で魔法陣を破壊し、さらに敵将を打ち倒されました。その結果、軍は総崩れとなり退却を始めました」
「……拳で、魔法陣を……?」
呆れと驚愕、そして安堵が入り混じる。
彼ならやりかねない。だが、本当にやってしまうとは。
ルカは続ける。
「聖者様のおかげで、都市は守られました。犠牲も最小限で済んでおります」
ユリウスは椅子に崩れるように腰を下ろした。
胸の鼓動はまだ速く、しかし確かに温かさを帯びていた。
(……また、救われたのか。私は……この国は)
静かな沈黙が落ちる。
ルカが控えめに口を開く。
「ユリウス様。……お顔の色が優れておりません。どうかお休みを」
「いや、まだ……」
否定しかけて、ユリウスは気づいた。
疲れているのは確かだ。だがそれ以上に、胸を占めているのは別の感情。
(心配だった……。ただ、それだけだ。国のためではなく……あいつのために)
ハッと我に返る。
「ち、違う! 私は王子だぞ! 国のために心を乱しただけだ!」
思わず声を荒げると、ルカは目を瞬かせた。
「……もちろんでございます」
その穏やかな微笑みに、ユリウスは余計に落ち着かなくなる。
ルカにまで見透かされているような気がしてならなかった。
(私は……私は何を考えているんだ……!)
胸に手を当てる。
熱い鼓動が、彼の否定をあざ笑うかのように響き続けていた。




