03-3 好きだなんて嘘だ(3) 拳が語る力
敵兵たちの魔法陣は、眩い光を帯びて拡大していった。
地面に描かれた幾何学模様が脈打ち、空気を震わせる。
次の瞬間、さらに数百の兵が転移してくるのは確実だった。
「や、やめろ! これ以上は……!」
ロイが声を張り上げる。
しかし返ってきたのは冷酷な嘲笑だけだった。
「愚か者め。我らは陛下の命のままに進む。言葉など無力だ」
その言葉に、ロイは愕然と膝をつく。
自分の信じた理想が、あまりに無力だったことを痛感して。
「……これで分かったか」
レオンハルトが静かに言った。
「戦場において、説得は剣より脆い。――だが、拳は違う」
次の瞬間、彼は地を蹴った。
砂煙を巻き上げながら、一直線に魔法陣へと突進する。
「止めろ! 撃てぇぇぇ!」
敵兵たちが矢と炎の魔法を放つ。
だがレオンハルトは恐れず、その全てを拳で叩き落とした。
矢の雨が木の葉のように散り、炎の弾が風に吹き消される。
「な、なんだあの化け物は――!」
「聖者だ……あれが、聖者の力……!」
怯む兵士たちを無視し、レオンハルトは拳を振り下ろした。
轟音と共に、魔法陣の中心が粉砕される。
石畳が砕け散り、光が弾け飛んだ。
転移の光が霧散し、現れかけた兵の影も消えていく。
敵軍の増援は、そこで途絶えた。
「ば、馬鹿な……! 魔法陣を拳で……!」
将校が動揺し、後ずさる。
レオンハルトはゆっくりと振り返り、彼を睨みつけた。
「次はお前だ」
地を蹴った瞬間、将校の姿は視界から消えた。
気づいたときには、すでに拳が迫っている。
「ぐあっ――!」
轟音と共に、将校の体は数十メートル吹き飛ばされた。
鎧はひしゃげ、地面に転がる。
その姿を見た敵兵たちは、一斉に武器を落とした。
「もはや戦えぬ! 退くぞ!」
次々に声が上がり、整然としていた隊列は崩れた。
兵士たちは恐怖に駆られ、我先にと撤退していく。
戦場に残ったのは、静かな風と、拳を握る聖者の姿。
その背を、呆然とロイが見つめていた。
「……信じられない……。一人で……軍を退けただと……」
レオンハルトは振り返り、にやりと笑った。
「どうだ? 俺の拳、説得力があるだろ」
ロイは言葉を失い、ただ唇を震わせた。
胸の奥で、憧れ以上の熱が芽生えていくのを自覚する。
(この人は……ただの聖者じゃない。私は……この人に――)




