03-1 好きだなんて嘘だ(1) 転移魔法の侵攻
王城の執務室。
ユリウスは机に広げた地図に眉を寄せていた。
周辺国の動向を示す赤い印が、じわじわと国境近くに迫っている。
(シュタイン王国が動いている……。ただの牽制か、それとも――)
扉が軋む音がした。
顔を上げると、レオンハルトがふらりと入ってきた。
「おいおい、難しい顔をしてるな。可愛い顔が台無しだぞ」
「勝手に入ってくるな! ここは私の執務室だ!」
「へぇ、じゃあ、次はノックをするとしよう。覚えていたらな」
にやりと笑い、勝手に椅子へ腰を下ろす。
堂々とした態度に、ユリウスは苛立ちを覚えつつも、なぜか安心する自分に気づいてしまう。
「……で、王子様の悩みごとは何だ?」
ユリウスは、ため息をひとつついた。
本当は相談したくて仕方ないのだが、バレないようにもったいぶる。
「……シュタイン王国だ。おかしな動きがある」
「ふむ、いい噂を聞かない連中だな」
「……今のところ険悪ではないとはいえ、下手に刺激すれば戦になる。交渉で済むなら……」
言いかけたその時、執務室の扉が乱暴に叩かれた。
「ユリウス様! 失礼いたします!」
駆け込んできたのは側近のルカだ。
額には汗が浮かび、息を切らしている。
「シュタイン軍が……! 転移魔法を用いて、都市へ直接侵攻してまいりました!」
「なに……!?」
ユリウスは立ち上がる。
胸に広がるのは怒りと焦りだ。
外交の余地を残すどころか、いきなり牙を剥いてきたのだ。
「……やれやれ。交渉の前に拳で挨拶、ってわけか」
レオンハルトが肩を竦め、立ち上がる。
その声音には、不思議な余裕があった。
「レオンハルト! お前、まさか……!」
「決まってるだろ。俺が行く」
「……ま、待て……作戦を立てて……」
「そんな暇、ないだろ? 俺はお前を守るって約束した。急がないとな、子猫ちゃん」
わざとらしく耳元で囁かれ、ユリウスの頬が一気に熱を帯びる。
「……お、お前一人の力でどうにかなるものか! 相手は軍隊だ、過信するな!」
「へぇ……俺を信じてないのか?」
「い、いや……そうじゃじゃなくて……もしも、お前に何かあったら……私は……!」
言葉が詰まり、唇が震える。
思わず口走りそうになった想いを、慌てて飲み込む。
そんなユリウスを見て、レオンハルトはふっと笑った。
「安心しろ。俺の拳で魔法陣をぶっ壊して、ついでに敵将も吹き飛ばしてやる。――だから待ってろ」
「……、本当にお前は……!」
怒鳴りたいのに、胸が締めつけられて声にならない。
ユリウスはぎゅっと拳を握りしめ、俯いた。
(どうして……こんなにも、腹が立つんだ……心配になるんだ)
ルカが静かに告げる。
「聖者様、ご武運を。必ずご無事で」
「任せろ。――じゃあな、子猫ちゃん。泣くなよ?」
軽口を叩きながらも、その瞳には確かな決意が宿っていた。
背を向けて歩き出す彼の姿を、ユリウスは胸のざわめきを抑えられずに見送るしかなかった。