01-1 気になるむかつくやつ(1) ツンデレ王子とスパダリ聖者
まだ朝もやの残る王城の一室。
窓から差し込む光が、机に山と積まれた文書の上に落ちていた。
王子ユリウスは羽ペンを走らせ、眉を寄せては小さなため息をこぼす。
病の父に代わりアルビオン王国の国政を預かる身。
政務に追われる日々。
だが、その表情の奥には別の苛立ちがあった。
王子ユリウス・アルビオン。20歳。
美しい青い瞳に柔らかく優しい顔立ち。
小柄だが気品ある体格。
可愛い系の王子様。
「……聖者、か」
無意識に口をついたその言葉に、背後に控えるルカが首をかしげる。
側近ルカ・ハイデン。30代後半。
澄んだ瞳と穏やかな眉。
きっちりとした立ち姿。
ユリウスを支える忠実な側近である。
「殿下、聖者様のことが気になりますか?」
「気になるだと? ふん、あんな奴のことなど!」
即座に否定するが、ペン先は止まってしまう。
ユリウスの脳裏に浮かぶのは「聖者」の姿。
ユリウスはずっと美しい女性聖者との出会いを夢見ていた。
夫婦のように寄り添い、国難をともに解決。
そしてあわよくば二人は結婚……。
しかし現れたのは、長身で筋肉質、しかもどこか人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる男だった。
男性の聖者は稀少だと聞いていたが、期待を裏切られたことに落胆する。
そして今、ユリウスの胸を占めているのは、この聖者に起因する奇妙な苛立ちだった。
ため息を一つついたところで、ルカの声が耳に入った。
「……殿下」
「ん、なんだ?」
「顔が真っ赤です。政務でお疲れでしょうか」
「う、うるさい! これは暑いだけだ!」
ルカの指摘に、ユリウスは慌てて書類をめくる。
しかし耳まで赤いのを隠すことはできない。
そのとき、重厚な扉を激しく叩く音が鳴り響いた。
「殿下! ご報告いたします!」
駆け込んできた兵士の顔は蒼白だった。
「……まさか、敵か?」
ユリウスの声に兵士は深く頷く。
「破壊された封印の一部から魔物が侵入……修復が間に合いませんでした。数千の魔物が王都を包囲しております!」
「なっ……!?」
ユリウスの手から羽ペンが滑り落ち、床に乾いた音を立てた。
ルカがすぐに王子の前に出て、声を張り上げる。
「聖者様を! 聖者様をお呼びしろ!」
その言葉が終わらぬうちに、廊下から豪快な足音が近づいてくる。
黒い外套を翻し、無造作に髪をかき上げながら現れたのは――レオンハルト。
聖者レオンハルト・ヴァイス。23歳。
長身で広い肩幅。
切れ長の目と力強い顎。
鍛え上げられた腕と体。
およそ聖者とは想像できない大男。
「お呼びと聞いてな。さて、俺の出番か?」
にやりと笑いながら広間に足を踏み入れる。
場の緊張をものともせず、堂々とした態度に兵士たちは思わず息を呑んだ。
ユリウスは悔しそうに目を細める。
「……こんな時に、笑っていられるのか。やはり信用ならない男だ」
「おいおい、信用って言葉、俺ほどにある奴はいないぞ」
レオンハルトは肩をすくめ、わざとらしく王子に近づき覗き込む。
「“役立たず”って言ってたくせに、わざわざ俺を呼んでるのは誰だ?」
「よ、呼んでなどいない! 私はただ――」
「おや、俺に頼りたいって顔してるじゃねぇか。かわいい王子様だ」
「かっ、かわ……っ!? な、何を馬鹿なことを!」
ユリウスは椅子を蹴るように立ち上がり、耳まで真っ赤にしてそっぽを向いた。
兵士やルカが慌てて目を伏せる中、レオンハルトは楽しそうに笑う。
「まぁいい。魔物退治は俺に任せとけ。お前は城で震えてな」
「誰が震えるものか!」
反射的に言い返すユリウス。
だがその言葉の裏にあるのは怒りだけではない。
胸の奥に生まれた、ほんのわずかな――安心。
それに自分で気づき、余計に腹が立つ。
「……お前など、やはり信用ならない。だが……勝手にするがいい」
背を向けるユリウスの言葉を、レオンハルトは「了解」と軽く受け流す。
その背中には、不思議と頼もしさが漂っていた。