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最恐護衛  作者: 桃田凜
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03.姉は味方とは限らない

週に一度、姉――黎桜グループ理事・桜庭菫に呼ばれて、わたしは食事に出かける。


七つも年が離れているせいか、お姉ちゃんは普通の姉妹以上にわたしを可愛がってくれる。結婚して家庭に入ってからも、変わらず頻繁にメッセージを送ってきては、わたしのことを心配している。


お姉ちゃんは若い頃に黎桜グループが手がけている金融事業の専務を婿に迎えている。政略結婚だったとはいえ、二人は相性が良かったらしく仲良くやっているみたいだった。


いつもお父さんはわたしに「成人したら屋敷を出ろ」と言う。理由は狙われやすいからとか、普通に生きて欲しいとか、色々だ。


わたしは母方の姓・白石を名乗っているから、跡を継ぐ必要もない。

桜庭の名は姉だけで十分だった。


とはいえ、苗字を変えて普通の子のふりをしていても、出所の分からないお金でいい生活をしているからか「やくざの子じゃないか」って噂されて。友達なんてできる気配もない。


それに、実際屋敷にいると危険に巻き込まれることも多い。裏切り者がいるなんて噂があるなら、尚更気を引き締めたほうがいいのだろう。

だからお父さんが専属護衛をつけたのもわかる。


…ただ、相手がこいつなのはやっぱり納得がいかないけども。


「あら、蓮も一緒なのね?」


車から降りてレストランの中に入ると、先に席についてワインを飲んでいたお姉ちゃんが優しく微笑む。


『菫さん。久しぶり』


蓮は、お姉ちゃんに対しては柔らかい声色を見せる。わたしには決して向けられないその調子が気に入らない。


『今日からこいつの専属護衛になったんだよ』


わたしのことを親指で示しながら、面倒くさそうにそう言う。


「蓮が一緒なら安心ね」


二人のやりとりを黙って聞いていると、お姉ちゃんがわたしを覗き込んだ。


「蓮、わたしのこと嫌いだから守ってくれないかもしれないよ。ある意味一番危険かも」


嫌味っぽく言ってみる。きっと蓮は怖い顔をしているだろうけど、見なくてもわかる。


「そんなことないわよ。絶対に守ってくれると思う」


“ね?”と蓮に問いかけるお姉ちゃん。

どんな表情だったのか知らないけど、お姉ちゃんは笑っていた。

たぶんろくな顔じゃないわ。


ため息をつきながら、一息つくつもりで個室を見回す。


柔らかな照明。落ち着いた雰囲気。

壁は深い木目で揃えられ、中央のテーブルには白いクロスと磨かれたカトラリーが整然と並んでいた。


ほのかに漂う香ばしい香りが、食欲を自然に誘う。

こんな最悪の日でも、お腹は空くらしい。


「最近はどう?あまり本邸には出入りできないから、心配だわ」


コース料理の合間、お姉ちゃんがため息混じりにそんなことを言ってきて、わたしは首を傾げる。


「なんで?遊びに来たらいいのに」


お姉ちゃんは少し困ったように笑みを深め、グラスの縁を指先でなぞる。


「そういうわけにはいかないのよ。私はグループの顔だし、あそこにはいられないわ」


「……仁くんとかは普通にいるよ?」


つい言ってしまうと、お姉ちゃんは目を細めて小さく笑った。


「…彼はまた別よ」


その一言に、静かな食器の音と柔らかなピアノの旋律が、なぜか意味ありげに重なった気がした。


名前を出す相手を間違えた気がして、わたしは少しだけ気まずくなる。グラスの水面に視線を落として誤魔化していると、壁際に立つ蓮の存在が目に入った。


「食べないの?」


問いかけると、彼は眉ひとつ動かさずに答える。


『護衛でついてきただけだし』


その淡々とした声音に、胸の奥がちくりとする。

……やっぱり、わたしには冷たいんだから。


「へえ、こういうときはきっちり役目を果たすんだ。真面目だね」


嫌味を混ぜて返し、ナイフとフォークを握り直す。

お姉ちゃんは困ったように笑い、「気にしなくていいわよ」と何度も蓮を促した。最初は固辞していた彼も、根負けしたのか結局は席につく。


そのあとはお姉ちゃんがわたしたちの間を取り持つように話題を振り、ぎこちないけれど三人で食卓を囲む時間が流れていった。


食事を終え、夜の空気に送り出される。


「気をつけてね」


手を振るお姉ちゃんに、わたしは見えなくなるまで振り返してからようやく前を向いた。


車の中は静かだった。タイヤが夜道を転がる音と、時折響くウィンカーのリズムだけが耳に残る。


蓮は何も言わない。こちらも話しかけない。だって、口を開けば言い合いになるだけ。

蓮とはこれが“普通”だった。


――でも、昔は違った。


三つ年上で、優しく笑ってくれて、どんなときも名前を呼んでくれた。

わたしにとって蓮は、一番優しいお兄ちゃんで。だいすきで。

いつだってそばを離れなかったような…そんな記憶がある。


……ほんと、いつからこうなったんだっけ。


記憶をたどるうちにまぶたが重くなる。

意識が落ちる瞬間、足元にふわりとお気に入りのひざ掛けが掛けられる感触がした。




.

.

.




『おい、着いたから起きろ』


体を揺すられて起きると、寝る前に感じた感触が確かだったことを裏付けるひざ掛けが掛かっていた。

車の中にひざ掛けを置いておいた覚えなんてなくて「なんでこれ、」と訳が分からないまま呟く。


『寝てたから』


「いや、そうだけど…そうじゃなくて。なんでこれがここにあるの?」


しかもこれ、わたしがもってるのの色違いじゃん。


『お前いつもこの時間寝てるから、車の中でも絶対寝ると思って用意したんだよ。それに、風邪ひかれたら面倒だし』


「…蓮が買ってきたの?」


『それ以外誰がいんの、』


いや、……このひざ掛け買うの絶対恥ずかしかったでしょ。

だってこれ、もこもこで畳むとぬいぐるみになってるやつだし..しかもピンクのうさぎだよ?

ほかにも色んな動物あるのに。なんでこれ?

強面の蓮が買ったって想像しただけでなんか笑えるんだけど。


こらえきれない笑いが漏れる。

蓮はそんなわたしを見て『笑ってんじゃねえよ』と相変わらずぶっきらぼうに言った。


「だって、蓮が買ったって想像したら面白くて、笑。ほかにも虎とかゾウとかいっぱいあるのに…なんでうざぎ?笑」


『……前に、うさぎが売り切れてて買えなかったって騒いでたのどこのどいつだよ』


そういえば..ひと月前、今持っているひざ掛けを買うとき、本当はうさぎが欲しかったのに売り切れてたから妥協して他の物を買ったんだっけ。

そで、それを白夜と碧に、他のみんなもいる前で「売り切れてたー!」って半べそで騒いでたような…。


……1か月前のことなのに、覚えてたっていうの?

わたしもちょっと忘れてたのに?

…嫌ってるくせに、なんでそんな喜ばせるようなことするの、


珍しくわかりやすい蓮の優しさに心臓が思わず跳ねる。


『ほら、早く家入るぞ』


そう言って先に車から降りた蓮。


心なしか、耳が赤くなっているように見えた。


蓮でも照れるんだ?

まったく。優しいのか冷たいのかどっちかにして欲しい。


動じない姿を見せたいのに表情はごまかせず、勝手に頬が緩む。

蓮はそんなわたしを見て『きも』とかなんとか言ってるけど、今は全然気にならなかった。


隣を歩く蓮の耳は、やっぱり少しだけ赤かった。







____ここまでが、蓮が専属護衛になった初日の出来事。


・白石茉莉  ー  本作の主人公。黎桜グループを束ねる桜庭家の次女。母方の姓「白石」で一般人として生活しているが、その素性は決して平凡とは言えない。


・桜庭菫  ー  黎桜グループを率いる桜庭家の長女。茉莉の姉。かつては黎桜会本邸で暮らしていたが、現在は理事として表の経営に専念し、裏社会とは距離を置いている。

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