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最恐護衛  作者: 桃田凜
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02.最悪な日常が始まった

本当にただ、こっちに用があるだけだったらしく、二つ目の分かれ道で蓮はあっさり別方向に歩いていった。


まぁ…裏切り者がいるかもしれないからって屋敷の中でまでずっと張りつかれるわけがない、か。

いくらなんでも屋敷内で何か仕掛けてくるのはリスクが高すぎるだろうし。

……まあ、そもそも本当にそんな人間がいるのかも、私を狙ってるのかも、全部あやふやなんだけど。


自分の部屋を通り抜けて、向かったのは屋敷の中庭にある庭園。

その隅っこで地面に座り込んで駄弁ってる二人を見つけて走り出す。


「碧ー!白夜ー!」


呼びかけると、二人が同時にわたしに気がついてこちらを向く。

向かい側に同じように座り込んで蓮の愚痴でもこぼそうとした瞬間。


【お嬢、蓮が護衛についたんだって?】


白夜が面白そうに口を開いた。


「……なんで知ってるの!?さっき言われたばっかなのに!」


けらけら笑う白夜の横で碧が上着を脱いでわたしの膝にふわっと掛けながら〈盗み聞きしてたんだよ、あいつが〉と、さっき私が歩いていた廊下を顎で指す。


「ああ……」


そこにいたのは、見覚えのない若い下っ端だった。

わたしたちと目があったのだと気がつくと、慌てて頭を下げだす。わたしはその様子に無意識に視線を逸らしていた。


この組には、名前も顔も覚えきれないほど人がいる。

いつも私が覚えようと努力しても、その努力は無駄になる。


死んでいくからだ。


やくざの世界は、誰もが当たり前みたいに死に近い。

表の社会にも通じている組織といえど、ここ、本邸には裏の人間しかいない。

つまり、必然的に人の出入りが激しいのだ。


……昔はみんなのこと、覚えてたんだけどな。

誰がいても、名前を呼んであげられるようにって。ここが帰る場所だってわかるように。


でも、いなくなってしまう人が多すぎた。

死んだり、消されたり、行方をくらましたり。

そのたびに、名前なんか何の意味もないって、思い知らされてしまった。


ここはそういう場所。


いちいち泣いてたり落ち込んでたりしたら持たないって、周りに何度も言われてきた。

だから、今はもう覚えないようにしていると言うのが正しいのだろう。


【でも、蓮なら安心じゃない? “最恐”なんだし】


「そんなのどうでもいいよ!!わたしが蓮のこと嫌いなの、白夜も知ってるでしょう!?」


半泣きで訴えると、白夜は爆笑、碧は呆れた顔。

今更わめいてもどうにもならないということが二人の表情から伝わってくるのが悲しい。


【でも知らない奴よりはいいじゃん?】


「それはそうだけど!……蓮ってなったら話は別だよ。……なんで白夜とか碧じゃないの?同じ幹部なのに」


〈一応他の人って案もあったんだけどね〉


碧がぼそっと言い、


【今、表の仕事も結構立て込んでるからさ】


白夜が頭をかく。


「表の仕事……?」


【俺ら幹部組が、裏だけじゃなくて表も回してんの知ってるでしょ?今は特に忙しい時期だから、あんまりお嬢につきっきりってできないんだよ】


黎桜会は、不動産、建設、セキュリティなどの表向きの顔がいくつもある。


みんなが裏の仕事だけしているわけじゃないってことは知ってたし、最近は特に幹部のみんながそろって屋敷にいることが中々ないから忙しいんだろうなぁとは思ってたけど。


「碧と白夜は暇そうじゃん…」


いや、他の人が忙しいのはわかるよ!?でも、ふたり、毎日お昼頃になると中庭にいるよね!?これのどこが忙しいの!!


【やだなぁ、お嬢。俺たちの本業は夜なんだって】


そうにこやかに白夜が言う。

その言葉の意味がわかってしまうのがやくざの娘というやつなのだろう。


「あー……」


【諦めな?大人しく蓮に守ってもらいなよ】


子どもをあやすように言われても、全く諦めきれなかった。


「いやだ…蓮はいやだ…」


〈なにそれ。呪文みたいに言うじゃん〉


ぶつぶつ言うわたしを見て碧が吹き出す。

呪文でもなんでも、叶うなら唱えてやる。


【でも、俺もできるならお嬢の護衛やりたかったんだよ?】


白夜が、ふわっと両手を空に伸ばしながら言う。

優しい声が空気をまどろませる。


〈立候補だったら、手挙げたかもね〉


「素直に言えばいいのにやりたいっていいなよ、碧。可愛くないんだから」


〈はぁ?やりたいとまでは言ってないから〉


「とかいって。わたしのことだいすきなくせに」


〈どっからくんの、その自信〉


「もう。やっぱり素直じゃなーい」


〈……ほんっと、ああいえばこう言うよね。……俺、お嬢と蓮、似たもの同士でお似合いだと思うわ〉


「はぁ!?!?やめてよ!!全然違うから!」


それ、たまに他の人にも言われるけど、わたしのほうがあいつよりもよっぽど可愛げあるから!わたしは無視とかしないもん!!


とんでもない言葉に全身で否定していると、白夜がまたおかしそうに笑っている。


愚痴るつもりが、揶揄われる始末だなんて…あぁ、この二人に言ったわたしが間違っていたのかもしれない…。


「ほんと、せめて奏太さんとかがよかったなあ」


【無理だよ。奏太くん、今人殺しに行ってるし】


……それ、いちいち言わないでいいから。


【あのひと表の仕事も立て込んでるのに裏のことも抜かりなくやるから、ほんっといつ寝てんだろね】


〈たまにものすごいクマ作って、鬼のような顔してるからビビるよね〉


ふたりが言う通りに想像すれば、血の気が引いていく感覚がした。

もしかしたら、わたしが知っている奏太さんは別の人なのかもしれない、なんて。


「…奏太さん、昔はいっぱい遊んでくれたのになぁ」


仁くんは若頭兼統括本部長、優真は若頭補佐兼法務顧問、慎二は情報監視兼室長、奏太さんは幹部兼専務、碧や白夜は昼間は暇そうにしてるけど夜は裏でちゃんと動いているみたいだし…

みんなそれぞれ、ちゃんと重要な仕事がある。

──だから結局、蓮しかいないってわけか。


あいつ、表向きはセキュリティ会社に所属してるって話だけど、ほとんど屋敷にいるっぽいし。嫌いなせいか、目に入ってくるんだよね。暇ならどっか出かけたりすればいいのにさぁ。


【ねえ、お前、ぜんぶ声に出てる】


「……まじ?」


【俺たちのことはともかく、蓮はねえ…】


〈まぁ、依頼がなければあいつは暇っちゃあ暇だけど〉


ほら、やっぱり暇なんじゃん。


その時だった。風がふっと動いた気がして顔を上げる。


白夜が【あ……】と声を漏らし、

碧も〈やべ〉と小さく焦った視線の先。


二人の見ている方向を追うと──


『……暇で悪かったな』


鬼みたいな顔をした蓮が、私たちを見下ろしていた。


いつからいた?どこまで聞かれた?まさか…わたしの心の声まで…?

って、いや、顔怖すぎ。


『おい、お前、今日菫さんと飯食うんじゃなかったのかよ』


「あ、やば……!」


『早くしろよ。遅れんだろうが』


私の腕をぐいっと引いてスタスタと歩き出す蓮。

白夜と碧は口パクで「がんばれ」って言ってる。


”助けてよバカ!!”


口パクで訴えても、二人は楽しそうに手を振るだけだった。


酷い!!薄情!!あの二人がきっと裏切者だ!!!!


心の中でそう決めつけていると、蓮が『自分で歩け』と急にわたしの手を離す。


その勢い余って膝をつくと、砂利道の上だったからか鈍い痛みが走った。


「いったぁ……」


しゃがみ込んだ私に、前を歩いていた蓮が戻ってきて膝を折る。

目線を合わせると、低い声で言った。


『……見せろ』


いや、まず謝ってよ。あんたが急に手を離したせいで転んだんだけど?


そう思いながらも仕方なく手をどかすと、

蓮はポケットからハンカチを取り出し、素手で破いて私の足にそっと巻いた。


「……馬鹿力」


冷たくて不器用なくせに、

どうしてこういうときの手つきはやたら優しいんだろう。


──ほんと、調子狂う。


いつも冷たくて馬鹿にしてくるくせに、こんなふうにされるとどうしていいかわからなくなる。


わたしの言葉に反応しないまま、黙々と手当…のようなものをする蓮。

そして今度は体が浮いたかと思えば、蓮にお姫様抱っこされて。

急に近くなった距離に思わずあたふたしていると『落ち着けよ』と、無愛想な口調で言われた。


蓮のせいでわたし怪我したんだよ?謝ってくれないの?

こうして優しく手当してくれて、似合わないお姫様抱っこなんてすれば、許されるとでも思ったの?

…そうだとしたら、本当に狡いやつだよ。


そんな行動に簡単に振り回されてるなんて、わたし、バカみたいじゃん。


蓮は……ムカつく相手なのに、昔からふとしたときに優しさをみせてくることがある。

女として全く意識されてないのを知ってるから、わたしが勝手にどきどきしてるだけなんだろうけど。

それがまた屈辱的だし、こんな嫌なやつに感情を振り回されてる自分が情けなくもある。


蓮といると、感情が色んな方向に暴れるから疲れるのだ。

わたしばっかり振り回されて、本当に疲れる。


だから他の人がよかったっていうのもあるのに。


とりあえず……まじで本当にお父さん恨むから。


・鷹宮蓮  ー  黎桜会最年少幹部。無口で冷徹、“最恐”と恐れられる護衛。実力は組内でも突出している。


・佐倉碧  ー  黎桜会幹部。明るく面倒見がいい兄貴分。お嬢の良き理解者。


・一ノ瀬白夜 ー 黎桜会幹部。飄々とした掴みどころのない男。ふざけながらも実力は確かで、場の空気を読むのが得意。

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