隠れんぼ
金曜日の放課後。
教室には、笑い声と埃の匂いが残っていた。
「マジでやるの? 校舎で隠れんぼ?」
陽太が呆れた声を上げる。
「いいじゃん、面白そうじゃん?」と笑うのは紗季。
「夜の校舎で遊ぶとか青春じゃん?」
軽いノリで始まったのは、6人の“隠れんぼ”。
陽太、紗季、リナ、恵吾、マサト、そして――私。
ルールはシンプル。
「放課後の校舎、1階〜3階まで。
電気は禁止、見つけたらタッチして名前を呼ぶ。
鬼は最後にじゃんけんで決める」
「よし、じゃあ鬼は……俺だ」と、恵吾が名乗り出た。
「みんな、3分以内に隠れろよー」
私たちは一斉に、静まり返った廊下へ走り出した。
***
足音を消して、階段を上がる。
2階、3階……人気のない理科準備室の奥に、身を潜めた。
あたりは真っ暗だ。
私は、じっと息をひそめた。
カツ……カツ……
遠くで足音がする。
(……誰か見つかったのかな)
だが、次の瞬間。
廊下の奥から、笑い声が聞こえた。
「見ーつけた、リナー」
その声は、恵吾だった。
けれど、おかしい。
彼の足音は、私のいる方向に来ていない。
(廊下の反対側……?)
がちゃ。
背後で扉が開く音がした。
理科準備室の……奥の部屋?
そんなところに入った覚えは――
「……見つけた」
低く、乾いた声。
誰かがいる。
でも、その声は――恵吾じゃなかった。
***
「いや、マジで怖すぎ」
「おい、陽太どこ行った?」
「マサトもいないよ」
30分後。
職員室前の集合場所には、私と紗季とリナ、そして……恵吾の4人だけ。
「……6人いたよね?」と、誰かが言った。
「陽太とマサトが来ない」
「でも、あのふたりは仲いいし、サボってるだけじゃ?」
スマホを取り出して、連絡を入れる。
……既読にならない。
ふと、リナがぽつりと呟いた。
「……もうひとり、いなかった?」
「は?」
「いや、変なこと言ってるのはわかってるけど……」
「……7人目がいた気がするってこと?」
私の頭にも、なぜか**“誰かがいた気配”**が、うっすらと残っていた。
恵吾は押し黙り、やがて言った。
「……最初に“じゃんけん”したとき、俺、負けて鬼になったんだけどさ」
「うん」
「……その時、7人いたよ。輪になってた」
一瞬、空気が凍った。
リナが、震える声で言った。
「陽太が、鬼って数え間違えたって言ってたよ……
“6人しかいないのに、7回勝負してた”って……」
***
その夜、学校中を探したが、陽太とマサトは見つからなかった。
そして翌週――
陽太は転校したことになっていた。
マサトはもともと在籍していなかったことになっていた。
私のスマホの連絡帳からも、SNSからも、
彼らの名前はすべて、消えていた。
リナは言った。
「……あの日、私、“名前呼ばれてない”のに、なぜか動けなくなったの」
紗季は言った。
「校舎の鏡に映ってた“鬼”の顔、恵吾じゃなかったよ」
そして、私は――今もときどき、
夜の校舎で、誰かが歩く足音を聞く。
「みーつけた」
その声は、確かに私の名前を呼んでいた。